考え中。

現在は、椋崎という名前で活動中。

無限交響曲 第七話

 それから、いくつかの月日が経った。
 エレファントにより自治を繰り返していた中学生活は、その実、彼らにとって荒れ果てたものとなった。
 仲川 眞姫那は強姦され、尊厳を破壊された結果、首吊り自殺をし、大山 美園は不登校になり、いつしか姿を消した。
 そして、山田 裕介は正体不明のばらばら遺体として発見され、事件は謎のまま締め括られた。
 伊丹と三木は同じ高校に進学したが、疎遠となり、交流はない。というのも、二人は明らかにカーストの違う人種となった。
 三木はクラスの人気者で文武両道、同じくカースト上位の恋人も持っている。
 一方、伊丹といえば映画研究会の同志と集って、マイナーなカルチャーの話題ばかりしている毎日であった。
 そんなある日、三木が突然、学校に来なくなった。
 と、そんな事は関係なく映研は自作の映画の脚本について、担任と揉めていた。
「ですからね、スクリームのオマージュで僕らは撮りたいんですよ! この脚本なら、低予算でも何とか完成に持っていけるし、特別賞も貰えるかもしれない!」
「だからな、伊丹。先生はホラー映画が見たいんじゃないんだ。もっと、情熱的なアプローチで来てもらわないと……」
「つまりなんですか」
「青春活劇だよ! ミュージカルでも良い! 何なら、吹奏楽部に手伝ってもらうか? 先生が掛け合うぞ」
「違うんですよ、先生。僕たちはホラーが撮りたいんだ」
「だからなあ。何度も言うけど」――と、問答は縺れに縺れて何度も続いた。

 部室に戻って、伊丹はため息をつく。
「駄目だ。分かってもらえない」
「いくら説得しても無意味っすよ。もう勝手に撮っちゃいましょう」と、後輩が言う。
「そうは言われてもなあ。ロケ地は校内に限られるし、勝手に校庭とか屋上を使うわけにも――」
「ドキュメンタリー撮りましょうよ」――思い付いた様に後輩が漏らした。
「ドキュメンタリー?」
カースト最上位、三木崇彦の突然の失踪事件」
「三木、ねえ……」
 面白くなさそうに伊丹は眼鏡を弄って考え込む。
「ドキュメンタリー、は面白いかもしれない。人間蒸発みたいな」
「つまり?」
「脚本のあるドキュメンタリー。恣意的なドキュメンタリー。モキュメンタリーに近い映画」
「おお! 面白そう!」
「撮るのは、三木崇彦にまつわる人物たちだ」
 ハンディカメラを拾って、決心したかの様に立ち上がった。

「取材させてほしい?」――と、眉を動かして訝しげに言ったのは、三木崇彦の恋人。新島 美雪であった。
「取材っていうか、撮影っていうか――兎に角、校内にいる時だけでいいんだ。撮影許可をもらえないかな」
「なんでまた」
「映画を撮りたくて」
「はあ? 映画?」
「えっと、僕、映研の伊丹圭です」
「知ってるけど……」
 悩ましげに考え込んだあと、「いいよ」と新島は許可を出した。
「但し、偏向報道はしないって約束して」
「わかった」
 兎に角、撮影許可は降りた。

無限交響曲 第六話

 三木 崇彦には家庭教師がいた。
 小学校の折、不登校になって塞ぎ込みはじめた息子を心配し、勉学に勤しませる為に両親が雇った大学生の男は、とにかく破天荒であった。
 植物図鑑を片手に現れた役者の様な端正な顔立ちの彼は、歓迎パーティの折に出されたワインを一気飲みすると、その日の夜、三木の母親と肉体関係を持ち、幼い少年に折檻を働いた――というのも、三木少年が家庭教師に対し、ふざけた態度を取り続けていたからであったが、兎に角、その男は常識に囚われない異常者であった。
 三年間浪人して、三流大学に入った、と語る彼の教育方針の根幹には、暴力が根付いていた。
 虐めに苦しみ、自殺を図ろうとしていた三木少年を殴り飛ばすと、煙草の火を少年の手の甲に押し付けて、彼は言った。「痛いか、その痛みを忘れるな。それが生きているという事だ」――それは、幼い少年にとって、何よりも鮮烈な体験であった。
 こうして、三木家を滅茶苦茶にした男は、いつの間にか飄々といなくなり、何処かへと消えていった。
 ただ、三木 崇彦の心中には彼の言葉と折檻が酷く焼き付いていた。
 そんな夏休みの折、三木少年は家庭教師の男と再会する。死体としてであった。
 ある高層マンションの屋上から飛び降りた彼の思惑は知れないが、三木はひとつの考察に至った。
 そう言えば、と彼がどうやって生活費を補っているのか質問した時、風俗嬢のヒモをしているとさらりと言い流していたのを思い出す。
「ああ、切れたのか」と、他愛も無いなと独り言ちて三木はテレビのチャンネルを変えた。
 最近はBUMP OF CHICKENも聞かなくなった。BUGER NUDSや、Syrup16gやら、ART-SCHOOLやらが彼の心の拠り所になりはじめていた。
 そして、何事も無く夏休みが終わった。

 恙無く始業式も終わり、クラスに生徒たちが集う。
 担任の桜井から、転校生の紹介があった。
「今日から、みんなの友達になる。山田 裕介くんです」
 扉の向こうからやってきたのは、大人びた雰囲気で、都会的な匂いを醸し出す、端正な顔立ちの少年であった。
 女子生徒から黄色い声が上がる。
 男子生徒たちは皆、つまらなそうな顔をした。
「山田 裕介です。趣味は絵を描く事です」
 それから、山田裕介は「先生、チョークを借りても?」と一声掛けると、黒板に漢字で「人」と書き出した。
「えー……。人という字は、人と人が支え合って出来ている――わけではありません。人間を模した象形文字です。いいですか、皆さん。僕は群れる為に、この学校に来たんじゃない。人間は一人で立てる。友達なんて要りません」
 教室中がざわめいた。桜井は状況を変えようと、取り繕った様に言う。
「そ、それじゃあ、裕介くんは、奥の、三木くんの隣の席ね」
「はい」
 三木は隣に座った山田裕介を睨み付ける。
 それは、自分のテリトリーをおかしかねない存在が現れたという、本能的な危機感からであった。
「君、名前は? 三木ー……なんていうの?」と山田が訪ねる。
 三木は質問の内容を無視して、こう答えた。
「いいか、俺がこの学校の支配者だ」
 頓珍漢な答えに、山田が吹き出す。三木は更に機嫌を悪くした。
 終いに、山田は三木の付けている象のピンバッジを見て、こう言った。
「幼稚園児みたいでダサいよ」
 明らかに、二人の相性は最悪であった。

無限交響曲 第五話

 三木 崇彦を結成された自警団――エレファントは、自作の象の缶バッジを持ち歩き、それらを公布してトレードマークとした。
 エレファント所属の証を持つ生徒は、団長である三木から経費として毎月お小遣いを貰い、エレファントによる活動を強化する為に浪費させられる。
 トランシーバー、エアガン等々……。自警の為の武装を持ち歩く様になった、元いじめられっ子たちは、いつの間にか校内での立場を強め始めた。
 また、裏切り者が現れない様に情報網が張り巡らされる様になり、エレファントという組織は、いつしか巨大なものになりつつあった。
 そんな中、伊丹だけは鬱屈とした感情を抱えていた。

 それから、丁度、夏休みがはじまり、伊丹は母親の実家へ、四国の小さな村に帰郷していた。
 伊丹 圭は幼少時、ひどい事故に巻き込まれて入院生活を送ったことがあり、その折、母親が新興宗教団体に傾倒してしまった。
 それからずっと、少年の両親の心は離れ離れであり、だから、彼は父親のほうが好きだった。そっちの方に引き取られたかった、とすら思っていた。
 でも、帰郷した時に会える親戚のおじさんの事は好きだった。
 木漏れ日が差す田舎の日本家屋。庭が見える客間のテレビで、ビリー・ワイルダーのサンセットの大通りが流れていた。
 食い付く様に、伊丹は見ていた。ずっと、エンドロールが流れるまで見ていた。
「面白いか?」と、おじさんに聞かれる。
 腕を組みながら、伊丹は納得いっていない様な表情を浮かべた。
「結局、主人公はどちらも選ばなかったのかな」
「それは違うな。彼はきっと、どちらも裏切りたくなかったんだ」
「……うーん」
「ははっ。まだ圭には難しかったかな」
 乱暴に頭を撫でられ、髪型が崩れる。
 むっ、と口と眉を曲げて、おじさんの手を叩いた。
「難しいんだよ。この映画が」
「それは、確かに一理ある」
 おじさんが胡座をかいて伊丹の隣に座る。
 差し出されたラムネを受け取り、暫し余韻に浸っていた。

 親戚のタカシくんの事が、伊丹はあまり好きではなかった。
 バリカンで乱雑に剃り上げた坊主頭で、年がら年中半袖短パンなのではないか――という想像に難くない元気印の彼と、内気な少年の相性はあまりよろしくない。
 しかし、タカシくん側は伊丹のことをひどく気に入っており、帰郷して出会う事があれば、いつも外に連れ出して、二人で遊び歩いていた。
 その日は、親にはあまり近寄るなと言われている山奥にある、タカシくんの秘密基地に案内されたのだった。
 何やら奥の方で物をがさごそと漁っているのを見ていると、取り出してきたのは一丁の拳銃だった。
「警察官からくすねたんだ」と、悪びれもせずに笑って言ったのち、「ロシアンルーレットをしよう」と誘われる。
 順番に引き金を引く、一回目――二回目――三回目、乾いた音が響く度に伊丹は喉を鳴らした。
 四回目、タカシくんが引き金を引くと、銃弾が暴発し、彼の頭部が爆発した。飛び散る血液と眼の前の死体に、伊丹は呆気にとられる。
 脳内を落ち着かせ――ふと、暖房機を動かすための灯油タンクと、隠れて吸っていた煙草用のライターが目についた。
 死体を中心に灯油を巻き、拳銃をくすねて、ライターを着火させて床に落とす。
 すぐに秘密基地から抜け出し、燃える森の中を駆け出した。
 轟々と熱く滾る赤を背景に走り続け、途中の橋から飛び降りて川に避難する。
 しばらくして、荷物の重さから浮かび上がると、仰向けに森の方向を見た。
 このままだと全焼するだろう――と、伊丹は思った。

 結局、無事、ひとりだけ伊丹は生還して保護された。
 家族や親戚一同から、タカシくんについて色々と質問攻めを受けたが「何も知らない。わからない」の一点張りでなんとかやり過ごした。
 そして、それから数日後の夏休み明け、伊丹は憂鬱な気分で始業式へと向かった。

無限交響曲 第四話

 有刺鉄線が立ち並ぶ廃墟の影で、彫刻刀で猫を虐待する少女がいた。
 大山 美園は虐められている。
 学校にも、家にも、居場所がない。その憤りを動物に当たって発散していた。
 こうやって猫を殺すのも、もう何度目の事だろうか――と、動かなくなった猫を捨てて思い耽る。
「どうでもいいか」と独り言ちて、帰路についた。
 憂鬱だ。とてつもなく憂鬱だ。今日も、しょうもない奴らのおもちゃにされた。
 行き場のない苛立ちを募らせて、きっと明日も登校する。
 大山はどうしようもなく死にたかった。

 翌日、クラスの壇上で、物々しい顔で担任の桜井が仁王立ちし、ざわめきの中で仰々しい雰囲気を放っている。
 一通り、プリントが配られたのを確認し、口を開く。
「この学校で、いじめが起こっているそうです」
 大山は、今にも居心地の悪さに席を立ちたくなっていた。
 斜め先の席では、三木が顎に手を当て、考え事に耽っている。
「いじめに関するアンケートを取る事になりました。関わっている人、見たことのある人、されている人は、嘘の無いよう、答えてください」
 アンケート用紙を呆けた顔で見つめながら、大山は心ここにあらずとなっていた。
 回答する気なんて更々無かった。
 数分後、アンケートを回収した桜井が教室を後にすると、一度は収まったざわめきが、より強く巻き起こった。
 あちらこちらで他愛もない会話が繰り広げられている。
「おい豚。ピーピー喚いてみろよ」と、制服を着崩した少女が大山の椅子を蹴って怒鳴る。
 またたく間に、教室が静まり返った。
 無言で立ち上がり、逃げ出そうとする大山の頭を取り巻きの人が掴み、机に叩きつける。
 鈍い音が響いた。
「逃げるなよ。豚山」
 いやらしい笑顔を浮かべる少女を、静かに大山は睨み付けた。

 彼女たちの通う中学校には、裏庭にウサギ小屋があった。
 その中は今、カッターナイフによる殺傷攻撃で血まみれになっている。
 既に呼吸をやめたウサギを刺し続けながら、大山は「おい豚。ピーピー喚いてみろよ」と、機械の様に言い続けている。
 その虚ろな表情を映した顔は、青痣で切り傷と腫れに満ち、破れ掛けの靴下は上履きの存在を忘れ、学校指定の制服は汚れにまみれていた。
 今日も生き延びた。だけど、彼女はそれだけだった。どうしようもない苛立ちを小動物にあてて、フラストレーションを発散していた。
 ひととおり満足し、息切れをしながら立ち上がると、ふらりとした足取りでウサギ小屋を後にした。
 今後の事なんて、何も考えていなかった。
「みーちゃった」――と、女生徒の声がする。
 ウサギ小屋の近く、茂みの奥から出てきたのは、クラスメイトの仲川美紀子であった。
 恐怖で後退る大山。余裕を持った足取りで、仲川が近付いてくる。
 血まみれの少女を指差し、「お前、私達の仲間になれよ」と声をかけた。
 間の抜けた表情で、大山は首を傾げた。

 仲川に手を引かれ、大山は森の奥に連れて行かれた。
 鬱蒼と生い茂る木々を掻き分けた向こう、寂れた瓦礫だらけの廃墟の中に、ぽつんと地下への階段がある。
 それを降りて、ランプの照らす薄明かりの部屋に行き着いた。
「ようこそ」と、声をかけたのは三木。
 円卓の奥で、黒いマントを着けて椅子に腰掛けている。
「思春期特有の……?」――大山は一瞬頭に過ぎった言葉を、然し、声には出さなかった。
「我々はエレファント。今日結成された、この学校の自警団」
 不敵な笑みを浮かべて、仲川は言った。

無限交響曲 第三話

 職員室の壁際、四人は横並びで立たされていた。
 彼らの担任である女性の教師――桜井は、厳かな面持ちで淡々と語る。
「――というわけで、こういう事をされると困るのよ。喧嘩なんて。どれだけクレームが来たと思ってるの?」
 説教を流し聞きしながら、長谷部は小声でぼやいた。
「桜井のやつ、また自分の都合だけだぜ」
「こんな大人にはなりたくないよな」――直井も小さく同意した。
「分かってるの!? あなたたち!?」
 大きくデスクを叩く音が響いた。職員室で仕事をしていた、他の教師の視線が集まる。
 少し焦って、桜井は咳払いをした。
「……分かってるなら、教室に戻りなさい」
 無言で四人は教室を出てった。
 廊下を出て暫くして、長谷部はわざとらしく大きく息を吸った。
「はーっ! 息が詰まるー! あいつの説教は長いよな」と、首を抑えながら言った。
「息くせーしな。あいつ歯磨きしてんのか」と、直井が同調。
 頬を引き攣らせて、伊丹は愛想笑いをした。
 暫く間を置いて、「あいつさあ。娘いたよな」と思い出した様に三木が切り出した。
 続けて、「殺さね?」と言うと、空気が凍り付く。
「そんな事して、何になるんだよ」
 直井がため息交じりに言って話題を流す。「冗談だよ」とだけ、三木は答えた。

 大型デパートの一角。ゲームセンターの中にて、対戦格闘ゲームに興じていた四人。
 舌打ちをして、三木は筐体を蹴飛ばした。どうやら、負けたらしい。
 対戦相手に中指を立てて、その場を後にした。
 横並びで歩いていると、フードを深く被った、同じ制服の女生徒が早足で目の前を横切った。
「あれ、仲川じゃね? どうしたんだろう」と長谷部。
「尾けるか……」――と、三木。同調して、残り三人も後を追った。
 仲川 眞姫那に関する不穏な噂は後を絶たない。
 やれ、売春しているだの。
 やれ、ある企業の社長に買われているだの。
 やれ、年上の彼氏がいるだの。
 やれ、高校生の不良グループとつるんでいるだの。
 中学生という身には不相応な話の数々は、出処も不相応で、然し、火のないところに煙は立たない理論から、厳しい目をクラスメイトから向けられている。
 兎も角、彼女の立場はあまり良くなかった。
 四人で仲川を尾けていると、デパートの階段際で高校生の集団に囲まれているのが見えた。
 三万円をリーダー格らしき男に渡していた。どうやら、集金されている様だった。
「あれ、どういう事だ?」と長谷部。
「さあ……」と曖昧に伊丹が返事をする。
 リーダー格の男が誰かに電話を掛けると、仲川はそそくさとその場を立ち去って行こうとする。
 曲がり角で三木は彼女の腕を引っ張り、口元をおさえ、抵抗する仲川に小声で話し掛けた。
「しっ。静かに。これはどういう事だ?」
 三木がおさえている手の力を緩めると、息を少し荒げながら仲川が返事をした。
「なんなの。あんたらっ」
「通りすがりのクラスメイトだ。説明しろ」
「援交!」
「なんで?」
「元カレに脅されて……」
「元カレ?」
「年上の彼氏。なんでもくれる、良い人だった――」
「ふーん……」
 事情を聞き、興味を失くした三木が顎に手を当て、様子見をしていると、奥から高級そうなスーツを着た男が出てきた。キャリーケースを持ち、胡散臭そうな顔をしている。
「あいつか――」
「ねえ、もう帰って良い? あんたらも今日のことは――」
「なあ、目にもの見せてやりたくないか?」
「は?」
「こういう事だ」――と言うと、三木は角から飛び出し、男の持っていたキャリーケースを引っ手繰った。それから、「お前らも来い!」と叫び、階段を走って下りていく。
 それに続いて、長谷部、直井、伊丹も駆ける。
 伊丹は戸惑う仲川の手を取り、「君も!」と連れ出した。
 捕まえようとする大人たちを掻い潜り、デパート内での鬼ごっこがはじまった。

 おもちゃ売り場の一角、走り回る子供たちを黒服の大人が追い掛けている。
 三木がスーパーボールを掴み、追い掛けてきているうちのひとりに投げ付ける。続いて、それに便乗し伊丹たちも撹乱に使った。
 追っ手のうちの一人が躓いて転ぶと、長谷部が「やりい!」と歓喜の声をあげる。
 すかさず、仲川がスーパーのかごを倒し、道を塞ぐ。
 騒ぎが大きくなってくる中、子供たちはエレベーターに飛び入り、一階行きのボタンを押し、扉を急いで閉めた。
「……で、どうすんの」と、息を切らしながら伊丹が切り出す
「そうだなあ。このまま逃げるか」
 顎を擦りながら三木は考えを巡らせた。
 それを冷めた目で仲川が見て、言う。
「どうすんのよ。キャリーケース」
 鼻を鳴らして三木は答えた――「山奥に埋めてくりゃ良い」
 呆れた目で見てくる少女を放って、彼らはデパートを後にした。

無限交響曲 第二話

 運動靴と体育館の床が擦れ合う、甲高い音。バスケットボールが床を跳ねる音。必死に指示をする運動部の声。
 そんなものを尻目に、控えで出番を待つ伊丹は、汗だくになって帰ってきた三木にタオルを投げ渡した。
「お疲れ」
「サッカー部にバスケさせんな」
 半目で苛立つ三木を「まあまあ」と伊丹は宥める。
 水筒の、すっかり温くなった氷水を一気飲みして、三木は乱暴に床に座った。
「映画、見た?」と訊ねてくる。
「ああ、タクシードライバーだけ」
「どうだった」
「……トラヴィスは、悪いやつなのかな」
 少しの沈黙が流れる。伊丹は「怒らせたかな……」と考えながら、生唾を飲み込んだ。
「俺はそうは思わない」
「……でも、人殺しじゃないの?」
「暴力がなきゃ、解決しない事もある」
「それ、全然BUMP OF CHICKENじゃないよ」と、反射的に伊丹は返した。
 三木が顔を凝視してくる。思わず、汗を掻く。
「なんで?」と言外に言われた気がした。
 しどろもどろになって、伊丹は言う。
「あの、藤原基央の歌詞は、多分、弱いままで立ち上がる人に向けた言葉だと思うから」
「そんなもんかね」
 担任が伊丹を呼ぶ声がする。「言ってこい」と、手を振って三木が言って。
 親指を立てて、伊丹は向かった。

 田圃道を通りながら、四人の少年が下校している。部活動帰りであった。
 伊丹、三木、それから、小太りで背の低い少年が直井 勇太、髪の毛を整髪剤で逆立てた高身長の少年が長谷部 之人である。
「ハヤシライスと人参しりしりどっちが強いよ」と、おもむろに長谷部が切り出す。
「何がだよ」と、三木が冷めた声で言う。
「だから、献立で出て来たら嫌度」
「人によるだろ……」――ため息交じりに返された。
「えー……」
 残念そうに口を尖らせる長谷部に、直井が追い打ちを掛ける。
「そもそも、勝負になってないだろ。ハヤシライスは主菜で、人参しりしりは副菜だ」
「そういう問題?」――伊丹が引き気味に言う。
「じゃあじゃあ、ガパオライスとロコモコ丼なら?」
「今度は何度」と、三木じゃなくて直井が訊ねる。
「献立で出て来たら、珍しすぎて驚く度」
「……ガパオライス」
 ついつい、答えてしまった伊丹の頭を三木が叩いて、「答えるな」とぼやいた。
「やっぱり、ガパオライスか。そりゃあ、ガパオライスだよな~」
 バス停に着いて、椅子に座りながら長谷部は足をばたつかせて言った。
「次のバス、どれくらい?」と直井が他の二人に聞く。
「さあ?」と言わんばかりに両手をあげて首をひねる三木を他所に、伊丹は時刻表を見ながら言った。
「五分だって」
「五分かあ」
 湿気の多い気候を鬱陶しながら、四人は雑談を続けて、バスを待つ。
 そこに、他校生徒がやってきた。
「お、三木じゃねえか」と、にやつきながら柔道着を下げた三人組がやってくる。
 三木は無視を決め込んだ。
「おい、無視してんじゃねーぞ!」――内一人が、痺れを切らして怒鳴ってきた。
 椅子に腰掛けていた長谷部が、溜息を吐いて立ち上がる。
「ンだよ、てめーら」
「……誰だよ、お前」
「こっちの台詞だよ」
 睨み合いになった二人をよそに、残り二人が、またもや三木に話し掛けてくる。
「おい、坊っちゃん。また金貸してくれよ。あの頃みてえにさあ!」
 膝蹴りを腹に受け、三木は嗚咽を漏らした。
 長谷部が殴り掛かるも、避けられる。
 側にいた伊丹と直井も巻き込まれ、結局、喧嘩がはじまってしまった。

 結局、なすすべなくやられ、四人は河原に転がっていた。
 通り過ぎて行ったバスの走行音が聞こえる。もうすぐ夕陽が沈む、それぐらいの時間になっていた。
「あいつらの学校の窓、全部割らね?」と三木がぼやく。
「そんな事して、何になるんだよ」――直井が冷たく返した。
 薄ら笑いを浮かべ、三木は仰向けの態勢から、立ち上がって絶叫した。