運動靴と体育館の床が擦れ合う、甲高い音。バスケットボールが床を跳ねる音。必死に指示をする運動部の声。
そんなものを尻目に、控えで出番を待つ伊丹は、汗だくになって帰ってきた三木にタオルを投げ渡した。
「お疲れ」
「サッカー部にバスケさせんな」
半目で苛立つ三木を「まあまあ」と伊丹は宥める。
水筒の、すっかり温くなった氷水を一気飲みして、三木は乱暴に床に座った。
「映画、見た?」と訊ねてくる。
「ああ、タクシードライバーだけ」
「どうだった」
「……トラヴィスは、悪いやつなのかな」
少しの沈黙が流れる。伊丹は「怒らせたかな……」と考えながら、生唾を飲み込んだ。
「俺はそうは思わない」
「……でも、人殺しじゃないの?」
「暴力がなきゃ、解決しない事もある」
「それ、全然BUMP OF CHICKENじゃないよ」と、反射的に伊丹は返した。
三木が顔を凝視してくる。思わず、汗を掻く。
「なんで?」と言外に言われた気がした。
しどろもどろになって、伊丹は言う。
「あの、藤原基央の歌詞は、多分、弱いままで立ち上がる人に向けた言葉だと思うから」
「そんなもんかね」
担任が伊丹を呼ぶ声がする。「言ってこい」と、手を振って三木が言って。
親指を立てて、伊丹は向かった。
田圃道を通りながら、四人の少年が下校している。部活動帰りであった。
伊丹、三木、それから、小太りで背の低い少年が直井 勇太、髪の毛を整髪剤で逆立てた高身長の少年が長谷部 之人である。
「ハヤシライスと人参しりしりどっちが強いよ」と、おもむろに長谷部が切り出す。
「何がだよ」と、三木が冷めた声で言う。
「だから、献立で出て来たら嫌度」
「人によるだろ……」――ため息交じりに返された。
「えー……」
残念そうに口を尖らせる長谷部に、直井が追い打ちを掛ける。
「そもそも、勝負になってないだろ。ハヤシライスは主菜で、人参しりしりは副菜だ」
「そういう問題?」――伊丹が引き気味に言う。
「じゃあじゃあ、ガパオライスとロコモコ丼なら?」
「今度は何度」と、三木じゃなくて直井が訊ねる。
「献立で出て来たら、珍しすぎて驚く度」
「……ガパオライス」
ついつい、答えてしまった伊丹の頭を三木が叩いて、「答えるな」とぼやいた。
「やっぱり、ガパオライスか。そりゃあ、ガパオライスだよな~」
バス停に着いて、椅子に座りながら長谷部は足をばたつかせて言った。
「次のバス、どれくらい?」と直井が他の二人に聞く。
「さあ?」と言わんばかりに両手をあげて首をひねる三木を他所に、伊丹は時刻表を見ながら言った。
「五分だって」
「五分かあ」
湿気の多い気候を鬱陶しながら、四人は雑談を続けて、バスを待つ。
そこに、他校生徒がやってきた。
「お、三木じゃねえか」と、にやつきながら柔道着を下げた三人組がやってくる。
三木は無視を決め込んだ。
「おい、無視してんじゃねーぞ!」――内一人が、痺れを切らして怒鳴ってきた。
椅子に腰掛けていた長谷部が、溜息を吐いて立ち上がる。
「ンだよ、てめーら」
「……誰だよ、お前」
「こっちの台詞だよ」
睨み合いになった二人をよそに、残り二人が、またもや三木に話し掛けてくる。
「おい、坊っちゃん。また金貸してくれよ。あの頃みてえにさあ!」
膝蹴りを腹に受け、三木は嗚咽を漏らした。
長谷部が殴り掛かるも、避けられる。
側にいた伊丹と直井も巻き込まれ、結局、喧嘩がはじまってしまった。
結局、なすすべなくやられ、四人は河原に転がっていた。
通り過ぎて行ったバスの走行音が聞こえる。もうすぐ夕陽が沈む、それぐらいの時間になっていた。
「あいつらの学校の窓、全部割らね?」と三木がぼやく。
「そんな事して、何になるんだよ」――直井が冷たく返した。
薄ら笑いを浮かべ、三木は仰向けの態勢から、立ち上がって絶叫した。