考え中。

現在は、椋崎という名前で活動中。

無限交響曲 第二話

 運動靴と体育館の床が擦れ合う、甲高い音。バスケットボールが床を跳ねる音。必死に指示をする運動部の声。
 そんなものを尻目に、控えで出番を待つ伊丹は、汗だくになって帰ってきた三木にタオルを投げ渡した。
「お疲れ」
「サッカー部にバスケさせんな」
 半目で苛立つ三木を「まあまあ」と伊丹は宥める。
 水筒の、すっかり温くなった氷水を一気飲みして、三木は乱暴に床に座った。
「映画、見た?」と訊ねてくる。
「ああ、タクシードライバーだけ」
「どうだった」
「……トラヴィスは、悪いやつなのかな」
 少しの沈黙が流れる。伊丹は「怒らせたかな……」と考えながら、生唾を飲み込んだ。
「俺はそうは思わない」
「……でも、人殺しじゃないの?」
「暴力がなきゃ、解決しない事もある」
「それ、全然BUMP OF CHICKENじゃないよ」と、反射的に伊丹は返した。
 三木が顔を凝視してくる。思わず、汗を掻く。
「なんで?」と言外に言われた気がした。
 しどろもどろになって、伊丹は言う。
「あの、藤原基央の歌詞は、多分、弱いままで立ち上がる人に向けた言葉だと思うから」
「そんなもんかね」
 担任が伊丹を呼ぶ声がする。「言ってこい」と、手を振って三木が言って。
 親指を立てて、伊丹は向かった。

 田圃道を通りながら、四人の少年が下校している。部活動帰りであった。
 伊丹、三木、それから、小太りで背の低い少年が直井 勇太、髪の毛を整髪剤で逆立てた高身長の少年が長谷部 之人である。
「ハヤシライスと人参しりしりどっちが強いよ」と、おもむろに長谷部が切り出す。
「何がだよ」と、三木が冷めた声で言う。
「だから、献立で出て来たら嫌度」
「人によるだろ……」――ため息交じりに返された。
「えー……」
 残念そうに口を尖らせる長谷部に、直井が追い打ちを掛ける。
「そもそも、勝負になってないだろ。ハヤシライスは主菜で、人参しりしりは副菜だ」
「そういう問題?」――伊丹が引き気味に言う。
「じゃあじゃあ、ガパオライスとロコモコ丼なら?」
「今度は何度」と、三木じゃなくて直井が訊ねる。
「献立で出て来たら、珍しすぎて驚く度」
「……ガパオライス」
 ついつい、答えてしまった伊丹の頭を三木が叩いて、「答えるな」とぼやいた。
「やっぱり、ガパオライスか。そりゃあ、ガパオライスだよな~」
 バス停に着いて、椅子に座りながら長谷部は足をばたつかせて言った。
「次のバス、どれくらい?」と直井が他の二人に聞く。
「さあ?」と言わんばかりに両手をあげて首をひねる三木を他所に、伊丹は時刻表を見ながら言った。
「五分だって」
「五分かあ」
 湿気の多い気候を鬱陶しながら、四人は雑談を続けて、バスを待つ。
 そこに、他校生徒がやってきた。
「お、三木じゃねえか」と、にやつきながら柔道着を下げた三人組がやってくる。
 三木は無視を決め込んだ。
「おい、無視してんじゃねーぞ!」――内一人が、痺れを切らして怒鳴ってきた。
 椅子に腰掛けていた長谷部が、溜息を吐いて立ち上がる。
「ンだよ、てめーら」
「……誰だよ、お前」
「こっちの台詞だよ」
 睨み合いになった二人をよそに、残り二人が、またもや三木に話し掛けてくる。
「おい、坊っちゃん。また金貸してくれよ。あの頃みてえにさあ!」
 膝蹴りを腹に受け、三木は嗚咽を漏らした。
 長谷部が殴り掛かるも、避けられる。
 側にいた伊丹と直井も巻き込まれ、結局、喧嘩がはじまってしまった。

 結局、なすすべなくやられ、四人は河原に転がっていた。
 通り過ぎて行ったバスの走行音が聞こえる。もうすぐ夕陽が沈む、それぐらいの時間になっていた。
「あいつらの学校の窓、全部割らね?」と三木がぼやく。
「そんな事して、何になるんだよ」――直井が冷たく返した。
 薄ら笑いを浮かべ、三木は仰向けの態勢から、立ち上がって絶叫した。