職員室の壁際、四人は横並びで立たされていた。
彼らの担任である女性の教師――桜井は、厳かな面持ちで淡々と語る。
「――というわけで、こういう事をされると困るのよ。喧嘩なんて。どれだけクレームが来たと思ってるの?」
説教を流し聞きしながら、長谷部は小声でぼやいた。
「桜井のやつ、また自分の都合だけだぜ」
「こんな大人にはなりたくないよな」――直井も小さく同意した。
「分かってるの!? あなたたち!?」
大きくデスクを叩く音が響いた。職員室で仕事をしていた、他の教師の視線が集まる。
少し焦って、桜井は咳払いをした。
「……分かってるなら、教室に戻りなさい」
無言で四人は教室を出てった。
廊下を出て暫くして、長谷部はわざとらしく大きく息を吸った。
「はーっ! 息が詰まるー! あいつの説教は長いよな」と、首を抑えながら言った。
「息くせーしな。あいつ歯磨きしてんのか」と、直井が同調。
頬を引き攣らせて、伊丹は愛想笑いをした。
暫く間を置いて、「あいつさあ。娘いたよな」と思い出した様に三木が切り出した。
続けて、「殺さね?」と言うと、空気が凍り付く。
「そんな事して、何になるんだよ」
直井がため息交じりに言って話題を流す。「冗談だよ」とだけ、三木は答えた。
大型デパートの一角。ゲームセンターの中にて、対戦格闘ゲームに興じていた四人。
舌打ちをして、三木は筐体を蹴飛ばした。どうやら、負けたらしい。
対戦相手に中指を立てて、その場を後にした。
横並びで歩いていると、フードを深く被った、同じ制服の女生徒が早足で目の前を横切った。
「あれ、仲川じゃね? どうしたんだろう」と長谷部。
「尾けるか……」――と、三木。同調して、残り三人も後を追った。
仲川 眞姫那に関する不穏な噂は後を絶たない。
やれ、売春しているだの。
やれ、ある企業の社長に買われているだの。
やれ、年上の彼氏がいるだの。
やれ、高校生の不良グループとつるんでいるだの。
中学生という身には不相応な話の数々は、出処も不相応で、然し、火のないところに煙は立たない理論から、厳しい目をクラスメイトから向けられている。
兎も角、彼女の立場はあまり良くなかった。
四人で仲川を尾けていると、デパートの階段際で高校生の集団に囲まれているのが見えた。
三万円をリーダー格らしき男に渡していた。どうやら、集金されている様だった。
「あれ、どういう事だ?」と長谷部。
「さあ……」と曖昧に伊丹が返事をする。
リーダー格の男が誰かに電話を掛けると、仲川はそそくさとその場を立ち去って行こうとする。
曲がり角で三木は彼女の腕を引っ張り、口元をおさえ、抵抗する仲川に小声で話し掛けた。
「しっ。静かに。これはどういう事だ?」
三木がおさえている手の力を緩めると、息を少し荒げながら仲川が返事をした。
「なんなの。あんたらっ」
「通りすがりのクラスメイトだ。説明しろ」
「援交!」
「なんで?」
「元カレに脅されて……」
「元カレ?」
「年上の彼氏。なんでもくれる、良い人だった――」
「ふーん……」
事情を聞き、興味を失くした三木が顎に手を当て、様子見をしていると、奥から高級そうなスーツを着た男が出てきた。キャリーケースを持ち、胡散臭そうな顔をしている。
「あいつか――」
「ねえ、もう帰って良い? あんたらも今日のことは――」
「なあ、目にもの見せてやりたくないか?」
「は?」
「こういう事だ」――と言うと、三木は角から飛び出し、男の持っていたキャリーケースを引っ手繰った。それから、「お前らも来い!」と叫び、階段を走って下りていく。
それに続いて、長谷部、直井、伊丹も駆ける。
伊丹は戸惑う仲川の手を取り、「君も!」と連れ出した。
捕まえようとする大人たちを掻い潜り、デパート内での鬼ごっこがはじまった。
おもちゃ売り場の一角、走り回る子供たちを黒服の大人が追い掛けている。
三木がスーパーボールを掴み、追い掛けてきているうちのひとりに投げ付ける。続いて、それに便乗し伊丹たちも撹乱に使った。
追っ手のうちの一人が躓いて転ぶと、長谷部が「やりい!」と歓喜の声をあげる。
すかさず、仲川がスーパーのかごを倒し、道を塞ぐ。
騒ぎが大きくなってくる中、子供たちはエレベーターに飛び入り、一階行きのボタンを押し、扉を急いで閉めた。
「……で、どうすんの」と、息を切らしながら伊丹が切り出す
「そうだなあ。このまま逃げるか」
顎を擦りながら三木は考えを巡らせた。
それを冷めた目で仲川が見て、言う。
「どうすんのよ。キャリーケース」
鼻を鳴らして三木は答えた――「山奥に埋めてくりゃ良い」
呆れた目で見てくる少女を放って、彼らはデパートを後にした。