宏介の実家に訪れた成瀬は、そこにスマートフォンを構えた、やけに派手な服装の少女がいるのを見付けた。
「もしもーし! あのー、もしもーし!」と、少女は家のドアを何度も叩きながら、叫んでいる。
「ちょっと君、何やってるんだ」と、成瀬が声を掛けた。
「は? あんた誰」
「警察だ」と、警察手帳を見せると、少女は驚き、こちらにスマートフォンを向けてきた。
「おーっと、いせたん。ここで警察官に遭遇でぇーっす」と、作った声で、少女――いせたんは言う。
「……はあ。ストリーマーか」
肩を落として、溜息を吐いた。
「公務執行妨害だ。事情聴取させてもらうぞ」
怠そうに言う成瀬に対して、少女は大袈裟に驚いて見せた。
近くの交番を貸してもらって、成瀬はいせたん――伊勢 美波の事情聴取を行っていた。
「だーかーらー、民意なんですってば!」
「何が民意だ。民意なら一般人の生活を脅かして言い訳がない」
彼女が言うには、犯罪者の親に突撃し、謝罪の言葉を貰うのが理由であった様だ。
それはSNSや配信サイトで眼にした民意であり、聴衆が興味のあるコンテンツであると語る。
「はあ? 罪人の家族は罪人でしょう?」
「んなわけあるか」
成瀬は伊勢のスマートフォンを預かり、配信をしばらく禁じる事にした。
「ちょ、返してください! あたしの!」と、抵抗する彼女の頭を抑えつけ、不躾に質問する。
「……それで、何か接触はあったのか?」
「いや、出てきませんでした。ただ、ポストにこれが――」
と、彼女が取り出したのは一枚のチラシ。
そこには新聞広告から切り貼りされた文字で、メッセージが綴られていた。
「脅迫状か……」
”二宮 宏介を指定の住所まで差し出せ。さもなくば、次の市長パレードの日、選ばれたものを殺害する”――と、書かれていた。
生唾を飲み込み、緊張の表情を浮かべる伊勢に対し、成瀬は能面のような顔をしていた。
駅前にある、高く聳えるビルの一角。業都市長室にて、現市長――蜂須賀 秀徳は煙草を吹かしながら、一見、自由であるかの様に散乱とした街並みを俯瞰で眺めていた。
電話が掛かり、すぐさまに出る。
秘書の声で「市長、お客様です。警視庁から」と連絡が来て、「通せ」と即答した。
ドアが開き、入室してきたのは警部補の張戸であった。
「不躾に申し訳ありません、市長殿。私、警視庁から来た張戸――」
「構わんよ、要件は?」
話を遮ってきた蜂須賀に、少し表情を強張らせて、張戸は説明に入った。
「部下から連絡があったんですがね、巷を騒がせてる殺人鬼の二名……二宮宏介と布袋透の実家に、脅迫状が届いていたんですよ」
「それで?」
「……次期市長の当選パレードにて、テロを行うと」
「それは問題だな。次も恐らく、選ばれるのは私だろうから」
「そうでしょうな。私もそう睨んで、単身、ここに赴いて来たわけですから」
「それで、対価は?」
「両者の身柄です」
「では」と、少し前置きしてから、蜂須賀は吸い殻を灰皿に押し付け、続けた。「捜査の手を更に強める様に、こちらからも警視庁に掛け合おう。それから、パレード当日に警備を増員する様に手配しよう」
「助かります」
「以上かね?」
「はい」と、お辞儀して、去ろうとする張戸を蜂須賀が引き止める。
「ああ、そうだ。君、名前は何だったかな?」
「張戸 淳一であります」
「覚えておこう」
「では……」
退室する張戸の背中を見送り、蜂須賀は街の観察に戻った。
業都近郊にある、寂れた外れの道の廃ビル。
そこまで連れてこられた透は、警戒心を強めながら階段を登って行った。
途中の行き止まりまで登ったところに、ひらけた一室があり、そこには、真っ白なアオザイにも似た、道化服を着た人々が待っていた。
「これは……?」
「あなたのシンパです。ピエロ様」と、嬉しそうに美鈴が言う。
たじろぎ、状況が理解できないでいる透に、ひとりの男が話し掛けてくる。
「ピエロ様――わたくしめをお裁きください」
と、頭を下げる彼に、透は一層、困惑する。
「ピエロ様、この方は幼児への強姦、殺人、そして放火を行い、いままで逃げ延びて来たそうです」
「大犯罪者じゃないか!」
「ええ。然し、あなた様の行動と正義を理解するうち、改心したと言います。今では、立派な幹部のひとりです」
「幹部……?」
「ええ。ピエロ教の」
「は?」
「あなた様の、宗教です」
笑顔を浮かべて返す美鈴に、透は恐怖する。
そして、犯罪者の男が膝を付き、透に斧を差し出した。
「これで、わたくしめをお裁きください」
「……っ」
「わたくしは生きる価値などない蛆虫でございます。ピエロ様!」
周囲からの視線。美鈴の屈託のない笑顔。切迫した声と表情の男。
追い詰められた透は、斧を受け取り、男の頭を撥ねた。
血が吹き出し、頬まで跳ねる。
動悸が早まる。汗が出る。そして、周りからの拍手に、透は言い知れぬ高揚感を覚えた。