考え中。

現在は、椋崎という名前で活動中。

Viva la Villain 第十一話

 成瀬 和樹の殉職後、駆け付けた警官に囲まれた岬 和成は伊勢 美波を囮に逃亡。
 数時間後、近くの藪で首を切られた状態で、伊勢の死体が発見された。
 結局、ピエロ教と演員会の抗争は警察の介入により収まったが、多くの犠牲者を出した。
 このまま当選パレードを行っていいのか――業都の住民の多くは不安に包まれていた。

 市長室で蜂須賀は張戸と対面をしていた。
 警部補は一礼してから案内されたソファに座り、差し出されたお茶を一飲みする。
「先の事件はご苦労だったね」
「ありがとうございます。……あ、いや――まだ終わっておりませんが」
「君の話ではそうだったね。……それで、このたびは?」
「七年前。中央公園付近の雑貨屋で、店長をしていた中年の男がいます」
「はて」
「成瀬 和樹――調べて分かりました。俺の部下だった男の戸籍は、その昔、死んだとされる男のものだった。いや違うな。それを再利用したものだ。年齢、出身、学歴を偽って。何か、ご存知ありませんか?」
「……例えば、それを可能な男がいたとしよう。たかが、コンビニの店主ひとりだ。考えられる可能性、その一。先ず、反社会的勢力と繋がりがある。その二、弁護士や検事などの伝手もある。その三、それらが漏洩されない立場で、何年も活動できていたとされる」
「頭が痛くなりますな」
 髪を掻いて、張戸は溜息を吐いた。
「七年前の業都には、ある都市伝説が存在した。もうだいぶ、古いものだな」
「……透明屋さん?」
「透明屋さん。死期が見える男。殺人ピエロ。スレンダーマン――共通して、森で会えば二度と帰ってこれない。……例外があって、子供好きで、子供だけは無事に帰される」
「ピエロ」
「何か、因縁めいたものを感じるね。……私が分かるのは、これぐらいだが」
「いやはや。市長様にする話ではございませんでしたな」
「いや、構わんよ。それで、パレードについての話だが」
「ええ。私も、全面協力いたします」
 互いに強く握手を交わし、頷いた。

 当日、蜂須賀はいつもの日常から生活をはじめた。
 妻にジャケットを羽織らされ、袖を通す。愛する息子――漂馬が駆け寄ってくる。
「お父さん、帰ってきたら一緒に遊ぼう!」
「ああ。良いぞ。……そういえば、欲しいって言ってた玩具会っただろ」
「うん。ロボットの!」
「分かった。買って帰るからな」
「ありがとう! お母さんと一緒に見てるね」
 息子の頭を優しく撫で、パレードへ向かった。

 パレードの準備が進められている。その裏で、埠頭を出て会場の近くで、演員会の襲撃に対抗する為、軍備をはじめていた。
「……諜報員が殺された今、あちらが打つ手が全く分からなくなってきた」
「いたのか、そんなの」
 チョッキを着ながら、華飛と宏介はお互いを背に会話している。
「死ぬ覚悟は出来て?」
「もとより、ずっと死んでるようなものだろ」
「じゃあ、なんで手伝ってくれたのかしら」
「お前が言ってたろ。義理みたいなものだ」
 最後に、宏介は用意されたピエロの覆面を被った。
 一息ついて、首を回す。
 悲しげに、華飛は目を伏せた。

 開催前の大通りは、思いの外、大勢の人で賑わい、穏やかな雰囲気に満ちていた。
 大道芸人が子供に風船をあげたり、マジックを披露したり、出店にいくつかの列が出来たり、ひとつの祭りの様な姿をしている。
 そこに、サバイバルジャケットを着て、頭を丸めたサングラスの若者が剽軽な趣きでやってきた。
 明らかに異質な風貌はやはり目を引き、自然と人々は男を避けていく。
 人好きのしそうな笑顔を浮かべて、男は警備員に話し掛けた。
「やあお兄さん、あといくつぐらいではじまる?」
「……ん。もうすぐ、はじまると思うが」
「そうですか。ここで待たせてもらっても?」
 警備員の隣に立つと、顔を近付けて若者は言った。
「いや、駄目だ。ここは近すぎる」
「そうですか」――と、男は素直に一歩下がった。
 チューインガムを取り出すと、坊主の彼は音を立てながら噛みはじめた。
 不快に思ったのか、警備員が咳払いをするも、関係ないとばかりに続ける。
「お兄さん、奥さんとか子供います?」
「ああ、いるが……」
「そうですか」
 パレードのはじまりが訪れる。
 大量の人混みの中を、マーチングバンドと黒服の行列が掻き分ける。その中心にいるのは、市長の蜂須賀だ。
 男の周囲に他の警備員が集まり始める。
「君、少し、身体検査をさせてもらっても良いかな」
「構いませんよ」
 警備隊は、男が怪しいものを持っていないか探り始めるが、まったく見付からない。
「うん。大丈夫だ。すまなかった。ご協力ありがとう」
「いえ、構いませんよ」――言うがいなや、男は前方の警備員を殴り付け、備えていた銃を奪うと、蜂須賀に向かって発砲し、見事に心臓を撃ち抜いた。悲鳴があがる。
 周囲の警備隊が近付こうとすると、気絶する警備員の頭に銃を向け、脅迫する。
「近付くな。近付くとこいつを殺す」
 己の携帯を取り出し、仲間に連絡を入れる。
「こちら、岬 和成。パレードをはじめよう」
 路傍に味のしなくなったガムを吐き捨てると、カズは薄気味悪く笑った。

 待機していたビルの窓から、パレードの様子をうかがっていた華飛は――突如、怒号をあげた。
「くそ! やられた!」
「どうした?」
「市長を殺したあと、岬和成が逃走した」
「……どこに?」
「車を奪って駅方面に走り出したらしい」
「駅に……?」
 顎に手をあて、宏介ははてと頭を捻る。
「各地からピエロの覆面を被った一般人が集っているらしいわ。混乱が起きる」
 鬼気迫る顔で、華飛は吐き捨てた。

 盗んだ車を公園近くで停め、出て来た和成は鼻歌を口遊みながら、紙袋を持って公衆トイレに入っていった。
 個室に入ると来ていた私服をすべて脱ぎ、紙袋からスーツを取り出して着始める。
 ワイシャツとズボンを着ると、ネクタイを締めないまま上着を羽織り、拳銃と覆面を取り出して洗面所の鏡の前に立つ。
 笑顔を浮かべてネクタイを締め、ピエロの覆面を被った。
 それから、拳銃を胸ポケットに忍ばせ、公衆トイレから出ていく。
 車を放って駅の方へ歩き出した。
 駅のロータリーへ繋がる階段で、大勢のピエロの覆面を被った人々が右往左往している。
 止める駅員や警察官にも我関せず、喧々囂々と騒ぎ、暴れ、混沌と化していた。
 その中で和成は、駅構内へ入ろうとする蜂須賀親子と、同行する張戸を発見した。
 拳銃を取り出し、母親の背に向かって発砲する。銃弾は心臓を貫き、悲鳴が上がった。
 もう一度、今度は子供の脳天を目掛けて発砲する。然し、こちらは張戸が庇ったため、射殺できなかった。
 呆然とする蜂須賀 漂馬の瞳は、自分自身に拳銃を向けるピエロの男の顔を捉えていた。
 脚を負傷した張戸は「スーツの男を捕まえろ!」と大声をあげる。
 焦りながら、周りの警察官は和成の方へ向かっていく。

 その場から逃げ出し、細い路地裏に行き着いた和成は、演員会の構成員に電話を掛け、帰りのヘリを手配する様に連絡していた。
 突如、後頭部に拳銃を突き付けられ、身構える。
「止まれ。手をあげろ」――声の主は華飛であった。
 和成が言う通りにすると、もうひとり、後ろにいた宏介が、両手を後手に回してロープで縛り、その場に座らせる。
 華飛が、大人しくする和成を不気味に思いながらも、彼の顔を蹴り上げた。
「やっと捕まえたぞ。岬 和成」
 ローファーの靴底を和成の顔に押し付け、華飛は話を続ける。
「父親の恨み、仲間の恨み――ここで晴らさせてもらう」
 再び和成の顔を蹴り上げる。
 仰け反りそうになりながら耐えた彼は、血液混じりの唾を地面に吐いて、華飛を睨み付けた。
 それから、奇声をあげて彼女に体当たりをする。
 驚きで抵抗できない華飛の髪からヘアピンを口で奪い取り、それを頸動脈に突き立て、引っ掻く。
 大きな呻きをあげる華飛を他所に、ヘアピンを吐き捨て、呆けて突っ立っている宏介の方を向く。
「よう。縄ほどいてくれや」
「……っ」
 宏介の方へ歩き出す和成。
 それに反応し、宏介も銃を抜いて構える。
 一瞬の事だった。宏介が引き金に指を掛け、銃弾が綺麗に和成の頭を撃ち抜く。
 撃鉄音が響き、サイレンの音が近付く。その場で生き残っていたのは、宏介のみであった。