有刺鉄線が立ち並ぶ廃墟の影で、彫刻刀で猫を虐待する少女がいた。
大山 美園は虐められている。
学校にも、家にも、居場所がない。その憤りを動物に当たって発散していた。
こうやって猫を殺すのも、もう何度目の事だろうか――と、動かなくなった猫を捨てて思い耽る。
「どうでもいいか」と独り言ちて、帰路についた。
憂鬱だ。とてつもなく憂鬱だ。今日も、しょうもない奴らのおもちゃにされた。
行き場のない苛立ちを募らせて、きっと明日も登校する。
大山はどうしようもなく死にたかった。
翌日、クラスの壇上で、物々しい顔で担任の桜井が仁王立ちし、ざわめきの中で仰々しい雰囲気を放っている。
一通り、プリントが配られたのを確認し、口を開く。
「この学校で、いじめが起こっているそうです」
大山は、今にも居心地の悪さに席を立ちたくなっていた。
斜め先の席では、三木が顎に手を当て、考え事に耽っている。
「いじめに関するアンケートを取る事になりました。関わっている人、見たことのある人、されている人は、嘘の無いよう、答えてください」
アンケート用紙を呆けた顔で見つめながら、大山は心ここにあらずとなっていた。
回答する気なんて更々無かった。
数分後、アンケートを回収した桜井が教室を後にすると、一度は収まったざわめきが、より強く巻き起こった。
あちらこちらで他愛もない会話が繰り広げられている。
「おい豚。ピーピー喚いてみろよ」と、制服を着崩した少女が大山の椅子を蹴って怒鳴る。
またたく間に、教室が静まり返った。
無言で立ち上がり、逃げ出そうとする大山の頭を取り巻きの人が掴み、机に叩きつける。
鈍い音が響いた。
「逃げるなよ。豚山」
いやらしい笑顔を浮かべる少女を、静かに大山は睨み付けた。
彼女たちの通う中学校には、裏庭にウサギ小屋があった。
その中は今、カッターナイフによる殺傷攻撃で血まみれになっている。
既に呼吸をやめたウサギを刺し続けながら、大山は「おい豚。ピーピー喚いてみろよ」と、機械の様に言い続けている。
その虚ろな表情を映した顔は、青痣で切り傷と腫れに満ち、破れ掛けの靴下は上履きの存在を忘れ、学校指定の制服は汚れにまみれていた。
今日も生き延びた。だけど、彼女はそれだけだった。どうしようもない苛立ちを小動物にあてて、フラストレーションを発散していた。
ひととおり満足し、息切れをしながら立ち上がると、ふらりとした足取りでウサギ小屋を後にした。
今後の事なんて、何も考えていなかった。
「みーちゃった」――と、女生徒の声がする。
ウサギ小屋の近く、茂みの奥から出てきたのは、クラスメイトの仲川美紀子であった。
恐怖で後退る大山。余裕を持った足取りで、仲川が近付いてくる。
血まみれの少女を指差し、「お前、私達の仲間になれよ」と声をかけた。
間の抜けた表情で、大山は首を傾げた。
仲川に手を引かれ、大山は森の奥に連れて行かれた。
鬱蒼と生い茂る木々を掻き分けた向こう、寂れた瓦礫だらけの廃墟の中に、ぽつんと地下への階段がある。
それを降りて、ランプの照らす薄明かりの部屋に行き着いた。
「ようこそ」と、声をかけたのは三木。
円卓の奥で、黒いマントを着けて椅子に腰掛けている。
「思春期特有の……?」――大山は一瞬頭に過ぎった言葉を、然し、声には出さなかった。
「我々はエレファント。今日結成された、この学校の自警団」
不敵な笑みを浮かべて、仲川は言った。