考え中。

現在は、椋崎という名前で活動中。

Viva la Villain 第八話

 宏介が華飛に連れられ向かった先は、港にある小さな倉庫であった。
 そこには、小さなストーブと、安く売ってる様な電化製品が一式に、防弾チョッキから非常食と思われる菓子パンに缶詰。さらには、マシンガンや手榴弾といった物騒なものまで揃っていた。
「しばらくは、ここに隠れ住むわ。但し、見つかったら、また逃げる」
「よくこんなところ用意できたな……」
「演員会も一枚岩ではない、という事よ」
「なるほど」
「期限が決まってる。数週間後、市長パレードの日、そこで攻撃を仕掛ける」
「何でまた……。ていうか、手伝うとは言ってない」
「いいえ。あなたは手伝うわ。だって、生きたがっているもの。一緒に逃げてるのが何よりもの証拠」
「違う! 俺は……。ただ、流れに任せて」
「御託は良いのよ」と、華飛は宏介の話を遮って、ホワイトボードの向きを買え、ペンで大体のパレードのときの様子を書いてみせた。
「当日、あなたともうひとりのピエロが生き残っていれば、演員会を乗っ取ったあいつは痺れを切らしてテロを仕掛ける。そこで、それに乗じて私達も攻撃を仕掛ける。標的は裏切った構成員とその首領」
 宏介は小さく頷いて、話を聞いている事を示した。
 華飛も頷き返して、話を進める。
「さて、それまでの間、あなたには訓練を受けてもらう。映画でよくある様な展開よね」
「どんな?」
「例えば、陸軍兵士が軍学校で習うような、本格的なものよ」
 臆する宏介に、華飛は微笑み言った――「大丈夫、あなたには人殺しの才能があるわ」
 男はただ、微妙な顔をするしかなかった。

 警視庁の一室。
 己のデスクで資料をまとめていた成瀬は、溜息を吐いて、肩を回し、背中を伸ばした。
 それから、冷えたコーヒーを一気飲みし、隣で伏せて眠っている張戸に「煙草休憩行ってきます」と一声掛け、屋上に向かった。
 すれ違う同僚に小さく頭を下げ、エレベーターに乗る。
 到着を待ち、扉が開くとポケットからスマホを取り出し、電話を掛けた。
 ワンコールで応答がし、和成の声がする。
「――首尾はどうだい? カズ」
「勘弁してくださいよ、ボス。こんな任務――終わったら俺、引退しますからね」
「ははは。冗談はよしてくれ」
「こっちの台詞だ」
 煙草に火を点け、一服する。それから、成瀬は報告をはじめた。
「捕まりません。どうやら、相手方も手強いようで。尻尾すら掴めませんよ」
「街の監視カメラにはちらほら映っている様だが」
「逃げ足が早いみたいです。それに、二宮 宏介も布袋 透も陰の協力者が多い」
「協力者?」
「演員会の中の反乱分子と、布袋 透のシンパっすよ」
 吹かしていた煙草を地面に転がし、革靴で踏み潰す。そうやって、点いた火を無理矢理に消した。
「いくらあんたが化け物でも、限度はある。このままで、俺達が負ける」
「ゲームは難しいほうが面白いぞ」と、呑気に笑う和成に対し、成瀬は真面目なトーンで返した。
「本当に冗談じゃない。俺は死ぬつもりなんかない」
「じゃあ、どうする?」
「張戸 淳一を上手く使う。手伝いがいります。二宮 宏介か布袋 透のどちらか、早急に居場所を突き止めてください」
「……それで、どうする」
「警察に根城ごと潰させる。上手く行けば、共倒れも狙えますよ」
「了解した。手は回しておこう。では、頼んだぞ」
「あいあいさー」
 吸い殻をそのままに、成瀬は屋上を後にした。

 数日前、警察に補導された伊勢は保護者呼び出しの上で家に帰され、両親によりネットの閲覧可能サイトを制限という形で配信環境を剥奪されていた。
 元来、不登校児で家にも居場所のない彼女は、昼間から繁華街などを徘徊し、時間を潰していた。
 喫茶店の隅でコーヒーを啜りながらスマートフォンを弄っていたところ、面白い書き込みを見付ける。
「ピエロ教……?」
 眉唾もののカルト集団に関する布教の書き込みで、連絡先さえ教えてくれれば、詳細を教えるという旨の内容であった。
 好奇心旺盛な彼女が、それに食い付かない理由はなかった。

Viva la Villain 第七話

 宏介の実家に訪れた成瀬は、そこにスマートフォンを構えた、やけに派手な服装の少女がいるのを見付けた。
「もしもーし! あのー、もしもーし!」と、少女は家のドアを何度も叩きながら、叫んでいる。
「ちょっと君、何やってるんだ」と、成瀬が声を掛けた。
「は? あんた誰」
「警察だ」と、警察手帳を見せると、少女は驚き、こちらにスマートフォンを向けてきた。
「おーっと、いせたん。ここで警察官に遭遇でぇーっす」と、作った声で、少女――いせたんは言う。
「……はあ。ストリーマーか」
 肩を落として、溜息を吐いた。
公務執行妨害だ。事情聴取させてもらうぞ」
 怠そうに言う成瀬に対して、少女は大袈裟に驚いて見せた。

 近くの交番を貸してもらって、成瀬はいせたん――伊勢 美波の事情聴取を行っていた。
「だーかーらー、民意なんですってば!」
「何が民意だ。民意なら一般人の生活を脅かして言い訳がない」
 彼女が言うには、犯罪者の親に突撃し、謝罪の言葉を貰うのが理由であった様だ。
 それはSNSや配信サイトで眼にした民意であり、聴衆が興味のあるコンテンツであると語る。
「はあ? 罪人の家族は罪人でしょう?」
「んなわけあるか」
 成瀬は伊勢のスマートフォンを預かり、配信をしばらく禁じる事にした。
「ちょ、返してください! あたしの!」と、抵抗する彼女の頭を抑えつけ、不躾に質問する。
「……それで、何か接触はあったのか?」
「いや、出てきませんでした。ただ、ポストにこれが――」
 と、彼女が取り出したのは一枚のチラシ。
 そこには新聞広告から切り貼りされた文字で、メッセージが綴られていた。
「脅迫状か……」
 ”二宮 宏介を指定の住所まで差し出せ。さもなくば、次の市長パレードの日、選ばれたものを殺害する”――と、書かれていた。
 生唾を飲み込み、緊張の表情を浮かべる伊勢に対し、成瀬は能面のような顔をしていた。

 駅前にある、高く聳えるビルの一角。業都市長室にて、現市長――蜂須賀 秀徳は煙草を吹かしながら、一見、自由であるかの様に散乱とした街並みを俯瞰で眺めていた。
 電話が掛かり、すぐさまに出る。
 秘書の声で「市長、お客様です。警視庁から」と連絡が来て、「通せ」と即答した。
 ドアが開き、入室してきたのは警部補の張戸であった。
「不躾に申し訳ありません、市長殿。私、警視庁から来た張戸――」
「構わんよ、要件は?」
 話を遮ってきた蜂須賀に、少し表情を強張らせて、張戸は説明に入った。
「部下から連絡があったんですがね、巷を騒がせてる殺人鬼の二名……二宮宏介と布袋透の実家に、脅迫状が届いていたんですよ」
「それで?」
「……次期市長の当選パレードにて、テロを行うと」
「それは問題だな。次も恐らく、選ばれるのは私だろうから」
「そうでしょうな。私もそう睨んで、単身、ここに赴いて来たわけですから」
「それで、対価は?」
「両者の身柄です」
「では」と、少し前置きしてから、蜂須賀は吸い殻を灰皿に押し付け、続けた。「捜査の手を更に強める様に、こちらからも警視庁に掛け合おう。それから、パレード当日に警備を増員する様に手配しよう」
「助かります」
「以上かね?」
「はい」と、お辞儀して、去ろうとする張戸を蜂須賀が引き止める。
「ああ、そうだ。君、名前は何だったかな?」
「張戸 淳一であります」
「覚えておこう」
「では……」
 退室する張戸の背中を見送り、蜂須賀は街の観察に戻った。

 業都近郊にある、寂れた外れの道の廃ビル。
 そこまで連れてこられた透は、警戒心を強めながら階段を登って行った。
 途中の行き止まりまで登ったところに、ひらけた一室があり、そこには、真っ白なアオザイにも似た、道化服を着た人々が待っていた。
「これは……?」
「あなたのシンパです。ピエロ様」と、嬉しそうに美鈴が言う。
 たじろぎ、状況が理解できないでいる透に、ひとりの男が話し掛けてくる。
「ピエロ様――わたくしめをお裁きください」
 と、頭を下げる彼に、透は一層、困惑する。
「ピエロ様、この方は幼児への強姦、殺人、そして放火を行い、いままで逃げ延びて来たそうです」
「大犯罪者じゃないか!」
「ええ。然し、あなた様の行動と正義を理解するうち、改心したと言います。今では、立派な幹部のひとりです」
「幹部……?」
「ええ。ピエロ教の」
「は?」
「あなた様の、宗教です」
 笑顔を浮かべて返す美鈴に、透は恐怖する。
 そして、犯罪者の男が膝を付き、透に斧を差し出した。
「これで、わたくしめをお裁きください」
「……っ」
「わたくしは生きる価値などない蛆虫でございます。ピエロ様!」
 周囲からの視線。美鈴の屈託のない笑顔。切迫した声と表情の男。
 追い詰められた透は、斧を受け取り、男の頭を撥ねた。
 血が吹き出し、頬まで跳ねる。
 動悸が早まる。汗が出る。そして、周りからの拍手に、透は言い知れぬ高揚感を覚えた。

Viva la Villain 第六話

 それは、古い過去の話であり、悪夢。
 オカルトやら噂を信じて、真夜中の公園へと向かった少年達が見たのは、見てはいけないものだった。
 治らない腫瘍の様に、大人になっても彼らを蝕み続ける――それは、ひとつの象徴となって、心の深い所に根付いた。
 例えば、二宮 宏介は、前述の通り、それを夢としてみる。
 毎晩、毎晩、繰り返し。睡眠薬でもなければ、魘されて眠れないぐらいには、それに心が巣食われている。
 昨晩も彼は、眠れず、冷や汗をたくさん掻いて一晩を明かした。

 山奥の掘っ立て小屋。宏介と華飛が隠れ潜む場所。
 その日は朝から慌ただしく、華飛が荷物を整理していた。
「何してるんだ?」――宏介がとぼけた顔で聞く。
「逃げるのよ」
「……警察から?」
「演員会から。ここがバレたのよ、あのピエロに」
「……俺は置いていって良いぞ」
 俯きがちに言う男の手を、少女は思い切り引っ張って叫んだ。
「あなたには敵を討って貰うんだから、死なれちゃ困るのよ!」
 荷物の入った鞄を投げ渡し、「行くわよ!」と言って、小屋の外に出る。
 そこには、黒塗りの高級車が一台泊まれており、中には黒服の男がいた。
 華飛が窓を叩くと、男が頷き扉を開ける。
 流されるまま、宏介は少女とともに車に乗った。

 本庁の一室で資料整理をしていた成瀬と張戸の二人は、ある古い記事のスクラップを見付けた。
「業都中央公園バラバラ殺人事件――知ってます? 張戸さん」
「ああ、今から十七年前の未解決事件だなア」
 それは真夏。業都の駅前にある中央公園にて、ポリ袋に入った人間の生首が捨てられているのを、廃品回収に来た業者の男が発見した。
 駆け付けた警察官複数名が公園一体を捜索したところ、綺麗に切断・処理された人間の手足・胴体が小分けにされて公園内のゴミ箱すべてに入れられていたのが分かる。
 手足の指紋も丁寧に切り取られており、頭部の損傷も酷かったが、DNAから付近のコンビニで働く外国人留学生が被害者と判明。死因は不明だが、首付近に紐の様なもので強く締められた後が残っていた。
 この事件について、目撃証言が極端に乏しく、前日夜はオカルト騒ぎで浮かれていたものが多かった為、公園内の出入りも激しかった。――が、それにしては悲鳴を聞いたというものが上がらなかった。
 また、被害者の人間関係についても疑問な点が多く、犯人として目ぼしい人物を洗い出す事も不可能であった。
 その為、長らく迷宮入りしている。
「……成瀬、この前日に二宮と布袋が出掛けてないか、両方の親に聞いてきてくれるか? 出来ればで良い。もしくは、何かしらの証言がないか掴めれば……」
「分かりました。尽力してみます」
 髪を掻き毟りながら、張戸は椅子に深く座り直した。

 落ち着かない様子で、透はミニバンの助手席に座っている。
 ドアをノックする音に驚くも、入ってきたのが美鈴と知ると、安堵した。
「はい、クレープです」と、差し出されると、物怖じしながらも受け取って、匂いを嗅いだあと、口にした。
 咀嚼して、飲み込んだあと、「おい、大丈夫なのか?」と問い掛ける。
「何がですか?」
「だから――あんな事をして」
「あー、私はもう社会的に終わりですね。死んだも同然です」
「だろうな……。ていうか、クレープ、よく買えたな」
「気になります?」と、彼女が懐から包丁を取り出して言う。それを見て、透は困った様に笑い返した。
「さておき、愛に勝るものなんて、何処にも存在しないんですよ?」
 朗らかに笑う彼女に、透は言い知れぬ気持ち悪さを感じ、理解し難い人の形をしたそれが、自分が産んだ怪物である事を察してしまった。
「どうしたんですか?」と、美鈴が首を傾げる。
「君は、本当に気の毒な奴なんだな」
「え? 今は、とても幸せですよ? そりゃあ、不幸な事はありましたけど」
「そういう事じゃない。……何処に向かってるんだ?」
「あなたを崇めるもの達の集会所です」
 言いながら、車を動かし始める。
 透の感じる落ち着かなさは、増すばかりであった。

Viva la Villain 第五話

 本庁に戻った張戸は、連続殺人犯を追うにあたり、マフィア組織――演員会の調査が必要と考え、己のデスクで資料を漁っていた。
 一番、最初に業都に現れた、詳細不明のピエロ。巷を騒がす犯罪のシンボルの、その起源が何なのか、頭を悩ませていた。
 それにあたり、業都にまつわる事件の資料を全て引き出していたが、答えに至らない。
 彼が四苦八苦していると、デスクに若手の刑事が現れた。
 先日、一方的に行方を眩ませた透の代わりに配属された青年である。
「張戸警部補! お疲れ様です!」
「おう、来たか。ええ、と、成瀬 和樹だったか。……まあ、座れ」
「はっ!」
「演員会とピエロ事件は、表立っては切り離されて考えられている。だから、それぞれ、別々の人員で個々の計画で追われてる。それゆえ、これは俺達が勝手にやる事だ」
「はい」
「ピエロは、三人いる。最初に演員会を乗っ取った、正体不明の一人目。次に元・お笑い芸人である――二宮 宏介扮する、二人目。最後に、行方を眩ませた刑事――布袋 透とされる、三人目」
「布袋さんが!?」
「推測だ。まだ、正式には発表されていない。だが、ほぼ確定だ」
「な、成程……」
 和樹は息を呑んだ。
「それぞれ、ほぼ同時期にピエロという皮を被り始めたのは、意味があるはずだ。俺達は、それを追う。その為に、演員会も相手取る必要があるはずだ。覚悟は良いか?」
「は、はいっ! よろしくお願いします!」
 頭を下げる新たな部下に、張戸は満足げに頷いた。

 警察に追われる透は、逃げ続けながらも悪人を探しては殺しを繰り返し、一週間の時を過ごしていた。
 日をまたぐ度、何者かに見られている切迫感が強まり、誤魔化すために自分に言い聞かせる語気は強まっていく。
 いつからか、彼は使命感を覚え、殺人に快感を見出しつつあった。
 さて、そんな彼を追うのは警察だけではない。
 演員会にも目をつけられ、下町の袋小路――弾切れ寸前の拳銃を反社の人間に向けながら、透は息を荒げていた。
「何故、俺を追う!?」
「知らねえよ。ボスの命令だ。死んでもらう」
 答えになってない答えが帰ってきて、話にならない。
 近付く巨漢に銃弾を放つも、当たらず、焦るあまりリロードもままならない。
 相手側が銃の引き金を弾こうとした――その時、男の後ろから鉈の刃が見え、首を撥ねた。
 巨漢の首が路地に転がり、身体が前のめりに倒れる。吹き出す血が小さな水溜まりを作り、跳ねた一部が透の頬についた。
 笑顔の女性が鉈を持って、立っている。
「こんにちは、ピエロ様。私のこと、覚えてますか? 助けに来ました」
「へ……?」
「冠城 美鈴。あなたに助けられた女です」
 透はまたひとつ、生き延びた。

 元・警官のピエロによる連続殺人は、遂に8人まで被害者の数を伸ばし始めた。
 そして、今度の被害者は演員会の手のものとされ、物議を醸す。
 熱心なシンパ達の信仰は高まり、警察の立場はかなり切迫した状況となりつつある。
 そんなニュースを報道しているのは夕方の番組で、宏介と華飛は見ていた。
「警察官の犯罪者と、それを狂信するシンパの女性……」
「まあ、他所のできた事よね」
「何処まで行けると思う?」
「何人殺せるかって事? さあ? 捕まらなければ何人でも。逆に聞くけど、貴方はどう思う? 彼の行動」
「何がさ」
「同じピエロとしてって事よ。あなたも彼も、見方を変えれば正義の味方かもしれないわ」
「ただの人殺しだろ」
 テレビを消して、宏介は溜息を吐いた。

 演員会の事務所。
 社長椅子で胡座を掻く道化の格好をした男は、だらしなく軽薄に笑いながら、構成員を問い詰めていた。
「おいおい、素人に殺られるってまじかよ? あんたら、まじで本職~?」
「すみません! ピエロ様。次は、次は必ず」
 前に乗り出し、懐からピストルを取り出し、構成員に突き付けた。
「次ね~……」
 ゆっくりと引き金を弾くと、中から出てきたのは銃弾ではなく、花束であった。
「次、な」
 それだけ言って、岬 和成――カズは、玩具のピストルを投げ捨て、椅子に座り直した。

Viva la Villain 第四話

 大通りの公園で見つかった射殺死体と、ピエロの覆面をした男の目撃証言に、世間はどよめいた。
 また、現場を見たとされる女性の「助けられた」という証言と、それ以外は頑なに漏らさない姿勢も、自称・専門家達がとやかく言う要素となった。
 つまり、業都の世情は危うい状況となっていた。
 射殺現場へと、調査に向かった張戸は部下がいないのを不思議に思っていた。
「おい、布袋は?」と、近くの警察官に訪ねた。
「現場近くにいたという事で、本庁まで呼び出されていた様です。先程、戻られたとの事ですが――。ああ、連絡ありました。体調が優れないとの事で、早退で――」
「ったく、遅くまで仕事してるからだ。頭の固い奴め。そんで、使用されてた銃弾は」
「9mm口径の主にリボルバーで使われるものですね。監視カメラに撮られてた覆面男が高めのスーツを着てた事から、中流から上流階級のもののしわざ――あるいは警察官だ、なんて噂が出てます」
「きな臭えな」
 前髪をかき揚げながら、現場を右往左往する。
 それから、思い付いた様に、先程まで話してた男に提案した。
「ここ近辺の監視カメラの映像、全部見れるか?」
「え、ええ。構いませんが……」
「まさか、な」――と小声で呟いて、張戸は溜息を吐いた。
 コートの中のホッカイロを強く握り締めて。

 自室にいる透は、社用PCで表示されている警察の秘匿情報をUSBにコピーしていた。
 そこにリストアップされているのは、逮捕されていないか懲役から解放された、容疑者や元・凶悪犯罪者たちであった。
「俺は正しい事をしている」と、言い聞かせる様に呟く。
 コピーを終えると、USBを旅行鞄にいれ、コートを着て自室を後にした。

 テレビではピエロの男についての話題で持ち切りで、その様子を、女装させられながら宏介は見ていた。
「――で、なんで俺はお前の着せ替え人形にされてるわけ?」と、華飛に訪ねる。
 彼の長く伸びた髪を切り揃えながら、少女は言った。
「いつまでも私ひとりで買い出しに行けるわけでもないし、あなたも買い物に行ける様にするために、ね。今日は一緒に行くけど」
「女装する必要はないだろ?」
「貴方、変装は大事よ? バレたらすぐ捕まるんだから」
「だからって……」
 溜息を吐きながら、宏介はされるがままになっていた。
「そもそも、俺が逃げ出さない保証はない」
「逃げないわよ。あなたは生きたいと思っているもの」
「根拠は?」
「前に言わなかったかしら」
「はあ」
「それから、買い物中は一言も発しないこと」
「……はあ」
 前途多難な買い物がはじまろうとしている。

 華飛により、外出時の発言を禁じられている宏介は、首を縦に振るか横に振るかで会話を成立させていた。
 日用品を一通り揃え、会計を済ませる為、列に並んだ。
 自分達の番が来るのを待っていると、悲鳴がトイレの方から聞こえ、紐を持った手袋にサングラス、ピエロの覆面の男が逃げる様に出てきた。
 警備員がそれを追って走っている。
「追わなくて良いのか」と訪ねる様に、視線を華飛の方に向ける宏介。
 少女は「放っておきなさい。私達の標的じゃないわ」――と、それだけ吐き捨てる様に呟いた。
 それに対し、男は頷き返した。

 少し前、家を出た透は標的を探しに、それが働いてるとされるデパートに来ていた。
 各階のトイレを巡り、資料と同じ顔の人物を探す。
 今回の標的は強姦殺人の後、数十年経って釈放され、清掃員として働き始めた男だ。
 最早、彼は止まれなかった。自己正当化と筋を通す為、悪人を殺し続けなければいけない。
 その為のデータを揃え、その為にピエロの覆面を被って巡る。
 ようやく見付けた標的に「お疲れ様です」と声を掛け、会釈した。
 相手もこちらを見て少し狼狽えたが問題ない――手を洗って油断を誘い、手袋を付け、用意した絞殺用の紐を携えて、後ろから襲い掛かった。
 標的が絶命したのを確認し、逃げるように走り去った――途中、すれ違った人が悲鳴をあげたが、問題ない。どうせ、正体はばれない。
 透は、またひとつ罪を重ねた。

Viva la Villain 第三話

 封鎖された河川敷で、警官が数人、現場検証をしている。
 そこに、遅れた暦年の面持ちの男が入ってくる。
「張戸警部補、お疲れ様です!」と、気付いた警官たちが順繰りに挨拶を行う。
 張戸と呼ばれた警部補の男は、一礼だけして返すと、状況確認をはじめた。
「遺体は?」
「何個も――然し、ホームレス達と少年達の殺害方法は別々で、恐らく犯人も別でしょう。ホームレスはバットに付いた指紋から、恐らく少年達のひとりが。それで、少年達の眉間、心臓――的確に急所を狙って撃たれた銃弾は、ピエロの男が」
 身振り手振りで警官が説明しているのを、鸚鵡返しで張戸が遮った。
「ピエロ?」
「ええ。監視カメラにピエロの男が銃を持って逃げる姿が映っていました」
「成程――。犯人は割れてるわけか」
「そうですね。二宮 宏介という、無職の男だそうです」
 顎に手を当て、「危険だな……」と張戸は独り言ちた。

 事件から数日が経った。
 宏介はいまだ捕まらず、山奥の掘っ立て小屋にある地下室の中で、身を潜めている。
 テレビの向こうでは、世間を騒がす殺人鬼として、宏介についてある事ない事語られていた。
 彼をここに連れて来た少女が、ファストフード店の袋を抱えて入ってきた。
「あら、またニュースを見ていたの?」
 返事はない。
 袋からハンバーガーを取り出して、宏介に差し出した。乱暴に受け取る。
 それから、少女はコーラを取り出して、ストロー越しに口にした。
「あなたは、何者になるのでしょうね」
「……どういう意味?」
「インターネットでは既に、あなたを擁護するものや、哀れむものが出始めているわ」
「……ただの殺人鬼だ」
「ええ、そうね。……数週間前、業都に巣食う中国系反社会組織”演員会”に何があったか、知ってる?」
小さく「いや」とだけ、宏介は返した。
「ピエロに扮した男が組織のリーダー”趙 克農”を殺し、組織を乗っ取った。それからずっと、その素性も知れぬ男が支配者」
「俺じゃない! 俺なわけがない」
 声を荒げて、宏介が叫んだ。
「ええ、知っているわ」
「……なぜ、そんな事を知っている。ただの女学生じゃないのか」
「なんで、ただの女学生が殺人犯を匿うわけ?」
 笑いながら質問で返す少女に、宏介の苛立ちが募っていく。
「あなたじゃないにしろ、ピエロという象徴はいずれ業都を包むでしょう。その時は、世界はあなたを何者にするのかしら? 素性の割れてる方のピエロはどうなる?」
「お前は、なんだ。目的は!?」
「そういえば、名乗っていなかったわね。数日、一緒に過ごしていたのに――趙 華飛。趙 克農の一人娘よ。あなたに、復讐の手助けをしてほしいの」
 黒く濁った眼を細めて、少女――華飛は手を差し出した。が、それは呆気なく跳ね除けられた。
「なぜ?」
「助ける理由がない」
「私はあなたを助けたわ」
「お前が勝手に助けた!」と、宏介が噛み付く様に叫ぶ。
 溜息を吐いて、華飛は返した。
「いいえ。私は提案しただけ。あなたが自ら助かろうとした。あなたは警察に捕まりたくなかった。あなたはまだ健全な一般人でいたかった。だから、一度は私の手を取った。今度は、私を助けるために私の手を取るべきよ。それが、仁義ってものではなくて?」
「違う! 違う違う違う、違う。俺は助かりたかったんじゃない。俺は助かりたかったんじゃない。俺は助かりたかったんじゃない!」
 最早、惨めな慟哭混じりの声で泣きじゃくる様に否定を繰り返すだけになった宏介に対し、少女は呆れ果てた感情を手振りで見せた。

 夜中の業都警察署、己のデスクで書類を整理する男がひとり。布袋 透――かつてトッポだった少年は、若手の刑事になっていた。
「おつかれさーん」と、張戸がオフィスに入ってくる。
「お疲れ様です。こんな時間まで何を?」
「それはこっちの台詞だ。残業代は出さねえぞ」
「それで、なにか事件で?」
「ピエロの件だ。演員会乗っ取りの噂と、男子学生射殺の件――タイミングが神憑り的だが、はてさて」
 ライターと煙草を取り出して、一服しながら話を続けた。
「俺は別個の線で見てる」
「そうなんですか?」
「現場から焦って逃げ出す様な臆病な奴が、わざわざ反社に喧嘩売るとは思えねえ。さて、話は終わりだ」
 調査書類で軽く透の頭を叩いて、張戸は快活に笑った。
「帰り支度をして、とっととお家に帰んな」
「はいはい、わかりましたよ。それじゃ、お先に」
 上着を羽織って、透は帰り支度をはじめた。

 帰り道の透。
 一人暮らしで料理もあまりしないので、その夜もコンビニ弁当を買って帰るところであった。
 マンション街にある公園を通って行こうとしたところ、女性の悲鳴が聞こえる。警察官として、人として急いで向かわなければ行けないと判断し、単身、走っていった。
 勇み足で茂みを掻き分け、夜の薄暗い林の奥に、服を脱がされた女性と、それに覆い被さるピエロの覆面を被った男を見つける。
 拳銃を構えて、叫んだ。
「警察だ! 大人しくしろ!」
 動転した男は、置いていたバールのようなものを拾い、雄叫びをあげて襲い掛かってきた。
 咄嗟に透は引き金を弾き、胸部を撃ち抜いてしまう。当然の様に、ピエロの男は絶命し、倒れた。
「ひっ――に、逃げて! 早く!」と、透は女性に促し、息を荒げながら覆面を拾った。
 それから、闇夜の中へ消えていった。

Viva la Villain 第ニ話

 業都の市長選挙がはじまった。
 それにより、街のあちこちで街宣車が走り、演説が行われる。
 もともと、騒がしい地域であったが、一層、喧しくなってしまった。
「街に溢れるホームレス! ギャング! 捨てられたゴミや汚い川の水! この街は汚れに満ちています!」と、太っちょの裕福な男が叫ぶように喋る。
「浄化を! 浄化を!」と繰り返す彼を他所に、人々は近くを横切り、談笑したり音楽を聞いたり、目的地に向かって行った。
 駅前でダンボールを敷いて寝る人。かたや、待ち人が遅刻したのか、しきりに腕時計を気にする人。
 もしくは、ファーストフードのチェーン店から出てきて、ハンバーガーに齧りつく人。
 あるいは、学校帰りであろう制服を着ている、友人と談笑しながら歩く人。
 色々な時間が、多様に流れていく。その端で、宏介はゴミ袋を漁っていた。
 彼に、ホームレス仲間のセンニンが話し掛けてくる。
「よう、コースケ。王冠集めはどうした?」
「一段落した。今は今晩の夕食探し」
「へへっ。そうかい。おい、これいるかい?」と、ぼろ布を渡される。
 広げると、ピエロのコスプレ衣装の様だった。
「これは?」
「西地区のゴミ捨て場にあったんだ。これから冷え込むだろう? 要るかと思ってな」
「良いのか?」
「俺には不要なもんだ」
「……ありがとう。ピエロは好きじゃないんだけどね」
 心の底から言えたのはいつぶりか。
 この生活が、どうやら宏介には性にあっているようだった。

 その日はハロウィンであった為、街ではパレードやらが大盛り上がりで、多くの人で賑わっていた。
 インターネットではやはり、それらを揶揄する人たちもいたが、騒ぐ民衆は気にもとめず、思い思いのコスプレをして闊歩している。
 河川敷のダンボールハウスでは、ホームレス達が手に入れた食料やら飲み物を寄せ集めて、ささやかなパーティを行っていた。
 その中心にいるのは、センニンであった。
「よお、コースケ。ピエロの服、似合ってんじゃねえか」
 コースケの肩に腕を回して、飲み物片手に陽気に笑う。
 それに同調して、周りもからかうように囃し立てた。
「やめてくれよ、みんな。でも……これでも、コメディアンの端くれだったからね。少し、嬉しいかも?」
「ほう、芸人さんだったのか。どれ、芸の一つでも――っていうのは嫌かい?」
「ははっ。少し、自信がないかな」
「そうだ!」と、思いついたばかりに、女性の仲間が拾ったと思われる化粧道具を取り出した。
「折角だし、いっそそれっぽくピエロになっちゃいましょうよ。香水も持ってるから、パレードにも参加しちゃいましょう?」
 快活に笑う彼女の申し出を断れるはずもなく、流されるまま、コースケはめかし込まれていった。
 それから、おめかしを済ませられた宏介は、パレードの群れに向かって行った。念の為に、拳銃も持って。
 そのすれ違いざまで、武装した少年達とすれ違った。

 すっかり夜も遅く、ハロウィンを満喫した道化師姿の宏介は、満足そうにくたびれた顔で河川敷へ戻ってきた。
 しかし、そこで目にしたのは、血塗れになった自分の住居と仲間であったホームレス達の撲殺死体や、散々弄ばれた姿。
 そして、呻き声を聞きつけ、恐る恐る、声を抑えながらそこへ向かうと、高校生ぐらいの少年三人が、既に息のないセンニンをバットで殴打したり、ライターで髪を炙ったり、土下座させたりしているところを目撃する。
「おいおい、しっかりしろよ宿無し。まだお掃除は始まったばかりだぞ?」と、背中を椅子にしながらひとりの少年が言う。
 それに同調する様に、周りの二人も誂うような言動を繰り返す。
 それは、思わず声が出てしまうほどの衝撃であった。
 そしてやはり、センニンで遊んでいた少年達は、その悲鳴を聞き取った。
「おい、誰かいるぞ」
「あ? ……ちょっと見てくるわ」
 少年のうち、ひとりが近付いてくる。
 一歩一歩がスローに感じ、距離が近くなるたび、宏介の心臓音も高まっていく。
 ダンボールの影から鉄橋の柱まで音を立てない様に移動し、息を潜める。
 然し、不審に思った少年は近付いてきた。

 ――見つかったら、殺される。

 宏介は本能でそう察した。
 だから、少年が柱を通り宏介の方へ向いた瞬間、思い切り殴りかかって体勢を崩させ、よろめいてるところを後ろから腕で拘束して首の骨を折った。
 まだ気絶しているだけかもしれない――そう考えたから、躊躇いなく拳銃を抜いて、額を撃ち抜いた。
 撃鉄の音で異変を感じ取った残り二人の方へも向かい、容赦なく射殺する。
 そして、全てが終わったのち、自分のやらかした事に気付いて、一目散に此処じゃない何処かへ向かって、走って行った。

 走る、走る。
 一心不乱に走る。
 病的に痩せこけた身体で、どれぐらい走り続けただろうか。
 後ろからサイレンの音がけたたましく鳴り響いてる気がする。耳を塞ぎながら、トンネルの中で膝をついた。
 息を切らし、吐きそうになり、肺を使って強く呼吸する。心臓が張り裂けそうな気分だった。
「あれ? こんなところにピエロ……?」
 少女の声がした。
 思わず、身を捩る宏介。
「ふーん……。あなた、行くところないの?」
 少女は薄く微笑んだ。