考え中。

現在は、椋崎という名前で活動中。

Viva la Villain 第九話

 早速、怪しい書き込みにコンタクトを送り、連絡を交換した伊勢。
 一週間後、最寄りのレストランで落ち合う事になる。
 やってきた青年は、いかにも真面目そうという面持ちの男で、おそらく大学生ぐらいの年齢。
 清潔感のある容姿に、地味な服装の彼に拍子抜けしながらも、伊勢は意気揚々と会話を始めた。
 取り留めのない自己紹介から、それぞれの近況の話に入り、つらつらと取り留めのないやり取りを繰り返す。
 それから、だいぶ話し込み、お互いに幾許かの好感を持ち始めた頃、青年の方から切り出してきた。
「それで、例の話でしたよね。――うん。あなたなら、良さそうだ」と、彼は頷きながら一枚のカードを取り出してきた。
 そのトランプのジョーカーには、ある住所と電話番号が掛かれていた。
「三日後、降臨された救世主様による集会が開かれます。明朝、十時までにこの場所に来て、入る前に電話を掛けてください。僕が出ますので、中まで案内します」
「は、はい」と、伊勢は頷き返した。
「それじゃあ、よき終末を」
「終末?」
「ええ。もうすぐ、社会が変わります」
 屈託のない笑みで言う青年に、思わず、伊勢は面食らってしまった。

 約束の日、約束の場所に来た伊勢は連絡を入れ、青年に案内されるがまま、廃ビルの中を進んでいった。
 向かったところは、何回か階段を登った先にある奥の一室。崩れた後ろの床、真昼の太陽光が差し、生い茂る木々が神秘を演出している。
 覆面を被ったいくつもの信者達に合わせて、伊勢も青年に渡されたそれを被った。
 部屋の真ん中奥で、座布団で胡座をかいている――真っ白な道化服を着た、ピエロの男が口を開く。
「よく集まった、皆」
 彼の話が始まったことに、信者たちがざわつく。
 それに対し、透は失望した様な表情で、「静かに」と低く言った。
 そして、続けざまに「このままでは、話を始められない。最初からやり直そう。君達のために、君達がちゃんと俺と向き合うために、やり直そう」
 そう言って座り直し、傍に控えていた美鈴の指示で、信者たちは全員、部屋から追い出され、扉の前で待たされた。
 それから、三分ほど立って美鈴が両手を叩くと、扉が開かれ、その部屋の真ん中奥で、やはりピエロ――布袋 透が目を瞑って胡坐をかいている。
 順々に信者達は入っていき、厳かな雰囲気で待機する。
 そして、全員が入ったのを確認した美鈴が耳打ちし、また透が開口した。
「それじゃあ、話を始めよう」
 満足げな表情で頷いて、話を続けた。
「数週間後、業都市長当選パレードが行われる。そこで、我々が社会を塗り替えよう」
 切り出された話に、信者がざわつく。
 然し、「静かに」と美鈴が低く言うと、瞬く間に落ち着いた。
「その為に、君達にも戦う手段が必要になってくる。そこで、科学班と偵察班、それから何人かの幹部を擁立しようと思う――大義の為に、だ」
大義の為に」と、オウム返しで何人かが呟く。
 次第にボルテージが上がり、熱を帯びたシュプレヒコールは狂気も孕んでいく。
 楽しそうにはしゃぐ青年を他所に、呆然と、伊勢は立ち尽くしていた。

 華飛のもとで肉体改造と戦闘訓練を受けている宏介は、僅かな日数で確かな成果を出しつつあった。
 管理された食事、一日の予定、構成員とのやり取りにもすぐに慣れ、あっという間に状況に順応しつつあった。
 ランニングマシンでのセットメニューが終わり、大汗を掻きながら床に仰向けになる。
 すると、遠くからタオルを投げ渡され、それで垂れる分泌物を拭った。
「意外と利口なものね」と、不躾に華飛が言う。
「目標がないよりは、生きるモチベーションが出る」と、低く宏介が答える。
 溜息を吐いて、少女は珍しく表情を崩した。
「いつ、素直になってくれるのかしら」
「いつだと思う?」
「もうだいぶ、懐いてるとは思うけど」
「そんなわけあるか」
 脇においてあったスポーツドリンクを飲み干して、宏介は吐き捨てた。
「可愛くない犬ね」
「飼われた覚えはない」
「へえ? もう十分、飼い犬だと思うけれど」
 眉を歪ませて、宏介が「あのなあ」と反論しようとしたところ、華飛のスマートフォンに着信が入る。
「失礼」と会話を打ち切り、少女は外に出た。
 非通知からのものではあったが、電話の主に覚えがあった為、応答する。
「もしもし? これ、盗聴されてませんよね」と、軽く話を切り出した声の主は、成瀬であった。
「ああ、貴方。首尾はどう?」
「取り敢えず、予定通りに。裸の王様には踊っていただいております」
「そう。舞台を整えて貰えれば構わないわ。馬鹿には馬鹿なりに、相応しい死に場所があります」
「……それで、約束の件は」
「ええ。この仕事が上手く行けば、あなたを諜報員から外すわ。それで構わないでしょ?」
「へいへい。全く、二重スパイなんて勘弁してくださいよ。柄でもない」
「お父様への恩義があるんでしょう?」
「ええ。拾ってもらった恩義が」
「名前は、いらないのだっけ?」
 間を開けて、成瀬は返答した。
「要りませんよ。胃の心配をしなくていい仕事だけになれば、それで」
「そう。お疲れ様」
「はい、お疲れさん」
 電話を切って、華飛はまた溜息を吐いた。

 演員会によるピエロ教への襲撃は、その日の夜、唐突に起きた。
 山奥にある廃ビルに突撃した構成員達は、武装もしていない信徒を虐殺。
 途中から襲撃に築いた人々は、用意されていたテロ用の武装で反撃を開始。
 血みどろの殺戮劇は幕を開けた。
 そして、何者かによる通報により、警察も状況を聞きつけ、駆け付ける。
 状況は膠着状態になりつつあった。
 廃ビルの一室。衣装棚の中に身を隠し、運良く生き延びていた伊勢は、息を潜めながら、襲撃が終わるのを必死に待っていた。
 その部屋に、僧衣を着た透が逃げ込んでくる。
 彼が衣装棚の中に入ろうとし、開けようと手を掛けた時、和成がやってきた。
「よう、久し振りだな。トッポ」
「誰だ!」
「俺だよ。カズだよ。いつ振りだ? 小学校を卒業してから、会ってなかったはずだが」
「……カズか。何をしに来た。そんなにピエロが憎いのか!?」
「違う違う。なりたいんだよ、俺は。ピエロに」
 二人は、思い出話をはじめた。