考え中。

現在は、椋崎という名前で活動中。

無限交響曲 第一話

 十三歳の少年、伊丹 圭にとって三木 崇彦という存在は鮮烈であった。
 彼に対する思いは複雑に入り混じっている。憧憬、友情――あるいは、嫉妬。
 新入生代表として答辞を読む三木に伊丹が感じたのは、その猫背気味の背に滲む、弱々しさだった。それもその通りで、彼は別の学区の小学校から進学してきた異端児で、何かと目につくため、同級生からは疎まれていた。
 かくも、人間関係というのは不可思議なもので、陽気で気さくだった伊丹と物静かで言葉数の少ない三木が知り合ったのは、同じサッカー部であったからだった。
 一年生ながら一軍のレギュラーに選ばれた三木と、初々しく基礎練習からはじまった伊丹との差は歴然であったが、二人は自然と交友を深めていった。

 ある日の帰り道、三木がいつも下校中に聞いている音楽について、伊丹が興味を示し、聞き出した。
BUMP OF CHICKENだよ」と素っ気無く答えられる。
「ばんぷおぶ?」
「バンド。歌詞が良いんだ」
 そう言って三木は、片耳にはめていたイヤホンを外し、ハンカチで拭いたあと、伊丹に差し出した。
 おもむろに受け取り、耳にはめると、ボーカル――藤原基央の優しく繊細だが棘のある声、そしてシンプルで格好良いサウンドが聞こえてくる。
「良い曲だね」と、伊丹は心の底から零した。それに対し、「だろ?」とだけ三木は返事をして、イヤホンを戻す。
 それから、歩き出してから暫くして、「CD、持ってんだよね。全部」と三木は言って、「うち、来る?」と訊ねた。
 伊丹は笑顔で返事して、彼の家へともに向かった。

 連れて来られた三木の家は立派な和風建築で、名士である事をこれでもかと誇示しているかの様だった。
 若く美人な彼の母親に出迎えられ、伊丹は何処か居心地悪く感じてしまう。
 居間には平積みされたDVDやCDで溢れており、”筋肉少女帯”や”ラーメンズ”などの文字が目につく。明らかに、三木崇彦の趣味ではないだろう。
 途中で買ってきたラムネで喉の乾きを潤しながら、中庭の池の方を呆けて眺めていた。
「お前――映画見るか?」と、スイカを二切れ持ってきた三木が、隣に座って聞いてきた。
「スイカ良いの?」
「母ちゃんが食えって」
「母ちゃんって呼ぶんだ」
「いいから……。映画は?」
「全然。面白い」
「良いぞ。誰かの人生を覗き見てるみたいで」
 徐ろに立ち上がり、居間からDVDをいくつか見繕ってくる。
「俺のおすすめは――。狼よさらばアメリカン・サイコ。それから、タクシードライバーかな……。これは最高の映画」
「へえ。海外のだ」
「スコセッシ知ってるか?」
「スコ……。誰?」
タクシードライバーの監督。マジモンの天才。俺はスコセッシの撮る映画の登場人物になりたい」
「俳優だ! 将来の夢?」
「いや、そういうのじゃないんだけど……」
「意外だね」
 微笑みながら突飛な事を言う伊丹に、三木はしどろもどろになって聞き返した。
「何が?」
「三木が饒舌になるの」
「普通だろ……」
 不機嫌になる三木を見て、伊丹は舌を出して笑った。
「伊丹くん。ご飯食べていきなさいよ。それから、お風呂も――。あ、客室空いてるの。泊まってく?」と、三木の母親から声が掛かる。
「泊まるのは流石に……。親にも連絡してませんし」と、伊丹が引き気味に返事をする。
「あらそお」と去っていく母親の背中に、「喜んでんな」と三木が零した。
「またなんでさ」
「嬉しいんだろ。俺が友達を家に呼ぶこと、いままで無かったから」
「へえ」と言って、伊丹が笑みを浮かべる。また三木が不機嫌そうな顔になった。
「なんだよ!」
「なんでもない」
 他愛もない会話を続ける二人の背中を、三木の母親は微笑ましげに眺めていた。
 それから暫く、同じ時間を過ごして、帰り際、伊丹は三木からCDとDVDの入った袋を差し出された。
 中にはBUMPのアルバム、シングル数枚と映画のDVDが三本入っていた。
「貸すよ。早めに返せよ」
「ありがとう!」
 笑顔で伊丹は家路についたのだった。

 帰り道、自転車を引きながら歩く伊丹に、小太りの男が話し掛けて来た。
 離婚したばかりの彼の父だ。
 名前を小さく呟く父に、伊丹は顔を向けて素っ気無く答えた。
 意思疎通はとれている。長く一緒に暮らしていただけに、お互いの反応の意味なんて容易く理解できた。
 ため息を吐いて、父は「母さんはどうだ」とだけ訊ねてくる。
「再婚相手が出来たって」と、伊丹はそれだけ答えた。
 父は少しだけ狼狽する。
「僕は好きじゃない」と、続けて言うと、安堵した父を伊丹は情けなく思った。
 だから、「そういうところ」と、一字ずつわざと伸ばして、大袈裟に言う。
「敵わないな。……もう、中学生だもんな」
「今日、友達の家に行ってた」
「どうだった?」
「お金持ち。でも、多分良いやつだよ」
「……そうか。大事にしろ」
 頭を撫でてくる父親の手を跳ね除けて、早足で助走を付け、自転車に飛び乗った。

禅問答

 ちいさな小鳥箱の中に僕らは閉じ込められていて、そこから出る事は出来ない。
 ただ、鉄格子の向こうのカムパネルラに林檎を分け与える事はできる。
 雨ニモ負ケズ。風ニモ負ケズーーと教科書を開いて、学校の先生は復唱させる。
 でも、彼らは宮沢賢治の真意も知らずに、都合よく読解した遺書の意味を、まるで聖書の様に広める。
 僕は兎に角、己の人生が退屈だった。
 頬杖をついて、あくびをする。
 それを見て、井澤裕子がいたずらに笑った。
「貴方はなんでも分かったふりをするのが得意なんだね」
「それは偏見だ。君が僕をそう捉えているだけだ」
 甚だ見当違いな誤解に腹が立った。
「でも、貴方は愛だけは信じていないのね」
「それは正解だ。世界は孵化する事のない卵。誰かが革命を起こさない限り、閉じ切ったエンドコンテンツだ」
 つまり、イエス・キリストが没してから随分経つが、この世界は何の革命も起こされないまま、退屈に焼き上がろうとしているのだ。
 それは塩気の多い茹で卵になるだろう。しかも完熟だ。マヨネーズでもないと、食べられたものではない。
「でも、それは思い上がりなのよ。あなたは宮沢賢治が好き過ぎるあまり、自己犠牲を肯定したがっているもの」
「それの何が悪い。この世の至上の喜びは、尊い死に方にある」
「いいえ。欲望を享受できない人生に喜びは存在しないわ」
 穢らわしい。欲望などというものは、一番に排他するべき感情だ、と僕は思っている。
「最後に、この論争に終止符を打ちましょうか」
 井澤裕子はまたいたずらに笑って続けた。
 あなたを愛している、と。
 その返事はつゆしらず。またの機会に。

2月11日は建国記念の日らしいです

大日本帝国の皆さん、こんにちは。ゴリクリ帝国です。

本日は2022年の2月11日。建国記念日で、祝日となっております。

昨日の明朝から雪が降りはじめ、精神年齢が子どもからまるで成長していない私は、はしゃぎまわっていた次第です。

そうそう、昨日は朝7時にニンテンドーダイレクトがありまして、敬虔な任天堂信者である私めはしっかりチェックしていました。

MOTHERシリーズの配信が決定しまして、(3を除く無印、2のみ)糸井重里のフアンを名乗る私は大変おおよろびでした。糸井重里からスチャダラパーに流れて、日本語ラップを聞き始めた経験があるぐらい、糸井重里のフアンです。然し、埋蔵金は信じていません。あるのかい!? どうなんだい!? パワー。

閑話休題

MOTHERシリーズは実況動画での視聴でしか知識がなく、まあまあ(しっかりめ?)ネタバレを喰らった状態で昨日からずっとプレイしているのですが、然し、あれですね、昔のゲームって難易度が高いですね。ヌルゲーマーには若干、ハードルが高いですが、楽しく遊ばせていただいております。やはり、名作は色褪せないものです。

そういえば、話はかなり変わるのですが、去年ぐらいからひっそりとクトゥルフ神話TRPGの自作シナリオの制作にチャレンジしておりまして、フォロワー様からご協力いただいて、このたび、完成いたしました。

是非、チェックしてみてください。下記にリンク貼っておきます。

www.pixiv.net

ところで、こちらのシナリオ、チェンジリングという超有名監督クリント・イーストウッド氏の映画と、実際にあったいくつかの事件をベースにあらすじを考えて組み立てました。元ネタというやつです。機会があったら、色々調べてみてください。

話は変わりますが、持っているルールブックがクトゥルフ神話TRPGソード・ワールド2.0と永い後日談のネクロニカの3つなのですが、ネクロニカの方は、実は1度もプレイ経験がありません。いずれやってみたいですね。面白いらしいので。

マーダーミステリーとかも興味あります。謎解きをやるのはそんなに得意ではないですが。人狼とか激弱タイプです。ワードウルフとAmong Usは天敵です。許すまじ。

小説もちゃんと書き溜めてます。進捗はよろしくないですが、のらりくらり、ゆっくりとマイペースに着実に書いていっています。駄目ですね。反省です。頑張ります。

MOTHERが大変に楽しいので、暫く停滞するかもしれません。

後、最近、韓国映画に嵌っておりまして、バイオレンスな描写が凄まじいんですよね。コクソンとか悪魔を見たとか、大変にツボでした。ホラー映画好きなんですよ。最高ですよね。最後までオチが見えないタイプのシナリオ。

色々、話がそれてきた。私は創作アカウントです。よろしくおねがいします。

Viva la Villain 最終話

 業都を襲った恐ろしいテロから17年。
 事件の主犯としての役目を被った二宮 宏介は、遂に終身刑となり、その生涯を終えた。
 老人ホームにて、アルツハイマーとなり、言葉もろくに交わせなくなった自身の義父――張戸 淳一と食事をともにしながら、大学生の張戸 漂馬はテレビを眺めていた。
 一連の事件に関し、議論に熱中するコメンテーター達を捉える青年の眼は、どこか仄暗く冷たかった。
 テレビをリモコンで消し、漂馬は椅子から立ち上がる。
「じゃあ、おじいちゃん。また、今度」
 返事はない。それでも、自分の命の恩人に対し、笑顔を浮かべ続ける。
 老人ホームをあとにし、銀行へ向かう。
 バスの停留所でニュース記事を読み漁っていると、大学生がグループでやってきた。
「ねえ、知ってる? 最近、ピエロ教の活動がまた活発になってきたんだって」
「えー、怖」――などと、取り留めのない会話を盗み聞きしていた。
 インターネットのニュースサイトでも、アクセス数のトップに位置する話であった。
 布袋 透の死後、生き残っていた冠城 美玲は密かにピエロ教の運営を続け、17年経った今でも、主宰として教徒をまとめあげている。
 有名なカルト宗教として、様々な組織にマークされているが、今現在、その根城は割れておらず、密教徒も多いため、壊滅には至っていない。
 然し、時々過激化し、大事件を起こす事から、世界中から恐怖の目を向けられている。
 漂馬もまた、彼らとは浅からぬ縁があった。
 バスが到着したため、定期券を出し、乗り込んだ。
 奥にある窓際の席に座って、またスマートフォンを取り出し、今度はSNSを眺める。
 隣に挙動不審な男が来た。サングラスを掛け、ニット帽を深く被り、大きめのリュックに厚手のコートを着ている。
 バスが走り出すと、男は懐から拳銃を取り出し、漂馬の額へ向けた。
 悲鳴が上がる。
 すかさず漂馬が男の腕を掴み、手をはじいて拳銃を落とさせ、関節技を決めて無力化した。
 周りから感心の声と拍手喝采が送られる。

 停車したバスから降り、「僕が警察に連れていきます」と言って、男を連れて、漂馬は歩き出した。
 しばらく鈍く歩き、バスが発車したのを確認すると、物陰で男の首を締め、奪った拳銃で発砲して殺害。そのまま銀行へ向かっていった。
 銀行の周りにはパトカーと武装した警察官が並んでおり、騒ぎになっている。
 銀行強盗が起こったためだ。
 裏口の場所を確認すると、覆面を被り、手袋をし、そこへ向かって行った。

 翌日、ある一つのニュースが巷を騒がせた。
 ピエロを模した覆面の青年が、バスジャック事件の犯人と銀行強盗を射殺し、逃亡中。

Viva la Villain 第十一話

 成瀬 和樹の殉職後、駆け付けた警官に囲まれた岬 和成は伊勢 美波を囮に逃亡。
 数時間後、近くの藪で首を切られた状態で、伊勢の死体が発見された。
 結局、ピエロ教と演員会の抗争は警察の介入により収まったが、多くの犠牲者を出した。
 このまま当選パレードを行っていいのか――業都の住民の多くは不安に包まれていた。

 市長室で蜂須賀は張戸と対面をしていた。
 警部補は一礼してから案内されたソファに座り、差し出されたお茶を一飲みする。
「先の事件はご苦労だったね」
「ありがとうございます。……あ、いや――まだ終わっておりませんが」
「君の話ではそうだったね。……それで、このたびは?」
「七年前。中央公園付近の雑貨屋で、店長をしていた中年の男がいます」
「はて」
「成瀬 和樹――調べて分かりました。俺の部下だった男の戸籍は、その昔、死んだとされる男のものだった。いや違うな。それを再利用したものだ。年齢、出身、学歴を偽って。何か、ご存知ありませんか?」
「……例えば、それを可能な男がいたとしよう。たかが、コンビニの店主ひとりだ。考えられる可能性、その一。先ず、反社会的勢力と繋がりがある。その二、弁護士や検事などの伝手もある。その三、それらが漏洩されない立場で、何年も活動できていたとされる」
「頭が痛くなりますな」
 髪を掻いて、張戸は溜息を吐いた。
「七年前の業都には、ある都市伝説が存在した。もうだいぶ、古いものだな」
「……透明屋さん?」
「透明屋さん。死期が見える男。殺人ピエロ。スレンダーマン――共通して、森で会えば二度と帰ってこれない。……例外があって、子供好きで、子供だけは無事に帰される」
「ピエロ」
「何か、因縁めいたものを感じるね。……私が分かるのは、これぐらいだが」
「いやはや。市長様にする話ではございませんでしたな」
「いや、構わんよ。それで、パレードについての話だが」
「ええ。私も、全面協力いたします」
 互いに強く握手を交わし、頷いた。

 当日、蜂須賀はいつもの日常から生活をはじめた。
 妻にジャケットを羽織らされ、袖を通す。愛する息子――漂馬が駆け寄ってくる。
「お父さん、帰ってきたら一緒に遊ぼう!」
「ああ。良いぞ。……そういえば、欲しいって言ってた玩具会っただろ」
「うん。ロボットの!」
「分かった。買って帰るからな」
「ありがとう! お母さんと一緒に見てるね」
 息子の頭を優しく撫で、パレードへ向かった。

 パレードの準備が進められている。その裏で、埠頭を出て会場の近くで、演員会の襲撃に対抗する為、軍備をはじめていた。
「……諜報員が殺された今、あちらが打つ手が全く分からなくなってきた」
「いたのか、そんなの」
 チョッキを着ながら、華飛と宏介はお互いを背に会話している。
「死ぬ覚悟は出来て?」
「もとより、ずっと死んでるようなものだろ」
「じゃあ、なんで手伝ってくれたのかしら」
「お前が言ってたろ。義理みたいなものだ」
 最後に、宏介は用意されたピエロの覆面を被った。
 一息ついて、首を回す。
 悲しげに、華飛は目を伏せた。

 開催前の大通りは、思いの外、大勢の人で賑わい、穏やかな雰囲気に満ちていた。
 大道芸人が子供に風船をあげたり、マジックを披露したり、出店にいくつかの列が出来たり、ひとつの祭りの様な姿をしている。
 そこに、サバイバルジャケットを着て、頭を丸めたサングラスの若者が剽軽な趣きでやってきた。
 明らかに異質な風貌はやはり目を引き、自然と人々は男を避けていく。
 人好きのしそうな笑顔を浮かべて、男は警備員に話し掛けた。
「やあお兄さん、あといくつぐらいではじまる?」
「……ん。もうすぐ、はじまると思うが」
「そうですか。ここで待たせてもらっても?」
 警備員の隣に立つと、顔を近付けて若者は言った。
「いや、駄目だ。ここは近すぎる」
「そうですか」――と、男は素直に一歩下がった。
 チューインガムを取り出すと、坊主の彼は音を立てながら噛みはじめた。
 不快に思ったのか、警備員が咳払いをするも、関係ないとばかりに続ける。
「お兄さん、奥さんとか子供います?」
「ああ、いるが……」
「そうですか」
 パレードのはじまりが訪れる。
 大量の人混みの中を、マーチングバンドと黒服の行列が掻き分ける。その中心にいるのは、市長の蜂須賀だ。
 男の周囲に他の警備員が集まり始める。
「君、少し、身体検査をさせてもらっても良いかな」
「構いませんよ」
 警備隊は、男が怪しいものを持っていないか探り始めるが、まったく見付からない。
「うん。大丈夫だ。すまなかった。ご協力ありがとう」
「いえ、構いませんよ」――言うがいなや、男は前方の警備員を殴り付け、備えていた銃を奪うと、蜂須賀に向かって発砲し、見事に心臓を撃ち抜いた。悲鳴があがる。
 周囲の警備隊が近付こうとすると、気絶する警備員の頭に銃を向け、脅迫する。
「近付くな。近付くとこいつを殺す」
 己の携帯を取り出し、仲間に連絡を入れる。
「こちら、岬 和成。パレードをはじめよう」
 路傍に味のしなくなったガムを吐き捨てると、カズは薄気味悪く笑った。

 待機していたビルの窓から、パレードの様子をうかがっていた華飛は――突如、怒号をあげた。
「くそ! やられた!」
「どうした?」
「市長を殺したあと、岬和成が逃走した」
「……どこに?」
「車を奪って駅方面に走り出したらしい」
「駅に……?」
 顎に手をあて、宏介ははてと頭を捻る。
「各地からピエロの覆面を被った一般人が集っているらしいわ。混乱が起きる」
 鬼気迫る顔で、華飛は吐き捨てた。

 盗んだ車を公園近くで停め、出て来た和成は鼻歌を口遊みながら、紙袋を持って公衆トイレに入っていった。
 個室に入ると来ていた私服をすべて脱ぎ、紙袋からスーツを取り出して着始める。
 ワイシャツとズボンを着ると、ネクタイを締めないまま上着を羽織り、拳銃と覆面を取り出して洗面所の鏡の前に立つ。
 笑顔を浮かべてネクタイを締め、ピエロの覆面を被った。
 それから、拳銃を胸ポケットに忍ばせ、公衆トイレから出ていく。
 車を放って駅の方へ歩き出した。
 駅のロータリーへ繋がる階段で、大勢のピエロの覆面を被った人々が右往左往している。
 止める駅員や警察官にも我関せず、喧々囂々と騒ぎ、暴れ、混沌と化していた。
 その中で和成は、駅構内へ入ろうとする蜂須賀親子と、同行する張戸を発見した。
 拳銃を取り出し、母親の背に向かって発砲する。銃弾は心臓を貫き、悲鳴が上がった。
 もう一度、今度は子供の脳天を目掛けて発砲する。然し、こちらは張戸が庇ったため、射殺できなかった。
 呆然とする蜂須賀 漂馬の瞳は、自分自身に拳銃を向けるピエロの男の顔を捉えていた。
 脚を負傷した張戸は「スーツの男を捕まえろ!」と大声をあげる。
 焦りながら、周りの警察官は和成の方へ向かっていく。

 その場から逃げ出し、細い路地裏に行き着いた和成は、演員会の構成員に電話を掛け、帰りのヘリを手配する様に連絡していた。
 突如、後頭部に拳銃を突き付けられ、身構える。
「止まれ。手をあげろ」――声の主は華飛であった。
 和成が言う通りにすると、もうひとり、後ろにいた宏介が、両手を後手に回してロープで縛り、その場に座らせる。
 華飛が、大人しくする和成を不気味に思いながらも、彼の顔を蹴り上げた。
「やっと捕まえたぞ。岬 和成」
 ローファーの靴底を和成の顔に押し付け、華飛は話を続ける。
「父親の恨み、仲間の恨み――ここで晴らさせてもらう」
 再び和成の顔を蹴り上げる。
 仰け反りそうになりながら耐えた彼は、血液混じりの唾を地面に吐いて、華飛を睨み付けた。
 それから、奇声をあげて彼女に体当たりをする。
 驚きで抵抗できない華飛の髪からヘアピンを口で奪い取り、それを頸動脈に突き立て、引っ掻く。
 大きな呻きをあげる華飛を他所に、ヘアピンを吐き捨て、呆けて突っ立っている宏介の方を向く。
「よう。縄ほどいてくれや」
「……っ」
 宏介の方へ歩き出す和成。
 それに反応し、宏介も銃を抜いて構える。
 一瞬の事だった。宏介が引き金に指を掛け、銃弾が綺麗に和成の頭を撃ち抜く。
 撃鉄音が響き、サイレンの音が近付く。その場で生き残っていたのは、宏介のみであった。

Viva la Villain 第十話

 彼らの秘密基地は、コースケの家にある、車庫の中に立てられた。
 父の趣味が登山であった為、キャンプ用品は充実しており、その中でいらなくなったものを掻っ払って作られた、小さくて大きなテントの中。
 わざと薄暗くして、小さなランプに火を点け、会議は行われた。
「よし、準備はできたな」と、カズが言って、他二人に向かって眼を動かす。
「準備万端」と、トッポが大きな旅行鞄を自慢げに置いて、見せびらかした。
「なあ、やっぱりやめない?」、コースケの弱気にカズが怒る。「何だ、逃げるのか? 弱虫」――不敵に笑う目の前の少年に、コースケは弱々しく啖呵を切った。
「に、逃げないよ……」
 兄の部屋から盗んできた、大きめのキャップを深く被って、コースケは深呼吸した。
「行くか……」
「親にはなんて言ってある?」
「トッポの家で勉強会」
「それ、俺の家に電話来たら困るぞ」
「その時はその時」
 適当に総括するカズに、トッポは呆れ果てた。
「お前なあ」
「ほら、行くぞ。ガリ勉、チビ」
「うるせえ、デブ!」
 兎にも角にも、業都中央公園を目指して、三人は宇宙人の死体探しの、小さな旅をはじめた。

 帽子を深く被って、コースケは二人の船頭になって歩いた。
 リュックサックに無理に押し入れられたバットが頭を出して揺れている。近所の野球クラブに入っているコースケは、中々、レギュラーになれずにいた。野球は好きでも嫌いでもないし、上手いわけでもない。クラブには親の勧めで入った。今回、持ってきたのも、護身用でしかないのであった。
 三人で他愛もない事を話しながら歩いていると、有名な悪ガキ中学生の二人組に相対した。
 数日前、六時を過ぎても公園でカードゲームに興じていたカズは、彼らに脅され、持っていたカードを全て奪われてしまった為、恨みを持っている。
「やい! お前ら!」――数的優位を得ている為、のぼせ上がったカズは、思わず突っ掛かってしまう。
「あぁん? おい、コケ。こいつ、知ってるか?」
「この前、カード巻き上げた太っちょですよ、ヤブさん」
「ああ、あいつな」
 小声でトッポは「おい、カズ。やばいって……」と言って止めようとするも、カズは止まらない。
「返せよ」
 手のひらを差し出して、睨み付けながら言う――背の低い小太りの少年に対し、一回り大きい中学生の彼は、薄ら笑いを浮かべながら、唾を吐き掛けた。
「てめえ!」――暴れるカズを、コースケとトッポが腕を掴んで止める。
「やめろって!」――トッポは、必死にカズに声を掛け、コースケはというと、「すみませんでした! 本当にすみませんでした!」と繰り返し、目の前の中学生二人に平伏した。
 ヤブは鼻を鳴らすとコースケの帽子を取り、指先で回して、自分の頭に被せた。
「似合ってねーぞ。クソガキ」
 そう言って、ご機嫌に口笛を吹かしながら去っていく中学生二人を、恨みがましい目で三人は見送った。
「何で止めた……」と、カズが鼻声で言う。「大切なカードだったんだ」――今度は、消え入りそうな声で。
「俺だって、帽子取られた。お前のせいだ」
「止めなければ取られてなかった!」
「そんなの分からないだろ!」
 言い合いが今にも始まりそうな二人の肩を、後ろからトッポが掴んだ。
「やめろ、行くぞ」
 わだかまりは解けたわけではない。
 それでも、三人はまた歩き始めた。

 都市部を出る途中、全員の鞄の中身を確認した結果、誰一人として食料を持ってきていない事が発覚。
 じゃんけんで負けたコースケが、代表で買いに行く事になった。
 両親に貰った小さな小銭入れの中に、無理矢理押し込めた三千円に、異様な無敵感を覚え、気に入ったものを片っ端から買い物籠に入れていく。
 グミ、大きなサイズの炭酸飲料、チョコレート菓子、お気に入りのアイスクリーム、スナック菓子、マシュマロ、ソーセージ。まだ足りない気がする――と、棚を見ていく。
 玩具が目に入った。買うかどうかに、しばらく悩む。背伸びをして見ている、ロボットアニメの玩具だ。
 予算としてはぎりぎり買える程度であるが、もし、買ってしまったら馬鹿にされるかもしれない。小さなプライドが小煩く騒いでいる。
 名案を思い付く――買った後に、こっそり鞄に入れれば良い。そうすれば、誰にもばれない。
 気付いたコースケは、買い物籠にロボットを入れ、早足でレジに向かった。
 欠伸をしながら会計をしている、老けた店員が話し掛けてきた。
「ボウズ、お出掛けかい?」
「中央公園の方に」
「へえ。宇宙人探し?」
「そう! お金貰えるって聞いたし」
「おじさんも探しに行こうかなあ」
 他愛もない話をしながら、会計を済ませる。お釣りは募金した。その方が大人だと思ったから。
 レシートを丸めてポケットに入れ、レジ袋から取り出したロボットの食玩を鞄にしまう。そして、仲間達の方に向かった。
 買ったアイスクリームをそれぞれに渡し、丁度来たバスに乗り込んだ。

 バスに乗り込み、アイスクリームを食べながら談笑に興じたりし、他愛ない時間を過ごしたのち、中央公園前の停留所に来たところで停止ボタンを押して、賃金を払い、降りて行った。
 さて、中央公園は封鎖されており、何故かというとテレビカメラやアナウンサーが押し掛けたり、胡散臭い雑誌の記者が徘徊していたり、街の若者や暇な大人が野次馬に来たりと、騒ぎの真っ只中にあるからであった。
 では、どうやって中に入り込もうとか、と三人は相談をした。
 かなりの言い合いになったが、結局、遠回りし、近くの山道から奥の柵を越えて中に入ろう、という案にまとまった。
 というわけで、三人は山道めがけ、生い茂る森の中を掻き分けて行く事になる。
 そのために先ずは、周囲の人間にバレない様に踏み切りをくぐって、線路のうえを走り、電車が来る前に森林の中に飛び込んで、息を切らして転がった。
「入れた?」
 俯せでコースケが訊ねる。
 地面に手を付き、大笑いしながらカズが返事をする――「入れた! 入れた! ははははは!」
 それに合わせ、コースケとトッポも思わず笑ってしまった。
 それから笑い疲れた頃に、トッポが二人に聞いた。
「宇宙人の死体、何処にあると思う?」
「そりゃあやっぱり、森の奥でしょ」と、カズ。
「なんで?」とコースケが純粋な疑問を口にする。
「映画とかだと、定番だ」
 満面の笑みで返すカズに、二人は呆気に取られ、また笑ってしまった。
「馬鹿じゃん!」と、トッポ。
「うるせえ! 馬鹿って言った方が馬鹿だ!」
「行こうよ――公園の奥の森。行ったことないしさ」――服についた砂埃や葉っぱを払いながら、コースケが立ち上がる。
「うん、行こう」と、トッポが返事をする。
 それから、カズに手を差し出した。

 さて、森奥を目指し進む彼らであったが、中央公園の整備されていないところもあり、かなり道のりは険しかった。
 何十分も歩き続けるうち、コースケが息を切らし始める。
 元々、三人の中で一番運動が得意ではなく、身体も強くないため、あっという間にへこたれてしまった。
「ま、待ってよ、みんな」と肩を上下し、声を震わせながら、掠れた弱々しい音で言う。
 トッポは振り向いたが、カズは無情にも前を向いたまま一瞬立ち止まるだけで、再び歩き始めてしまった。
「おい、カズ!」と、トッポが止めようとするも、カズは言う事を聞かない。
「もうすぐ日も暮れる。早く行かないと誰かに見つかっちまうぞ」
「もう十分じゃん……」と、コースケが顔を曇らせて言う。「十分探したし、もういいよ」
「ヘタレ!」
 振り向いたカズが小石を拾い、コースケに投げ付けた。
「痛い!」と、大声をあげ、投げ付けられた小石を拾い、地面に叩き付ける。
「もういいって言ってんだよ!」
「まだ見付けてない!」
「ふたりとも、落ち着けよ」
 トッポが頭を掻きながら、落ち着いたトーンで言った。
「少し休もう」
「休んでる暇はない」
「ある。親には泊まるって言ってあるし、宇宙人の死体なんてそう簡単に見付からない。大丈夫だ。大丈夫」
「……分かった」
 納得していないような、しているような微妙な顔でカズは頷いた。

 トッポが割り箸に突き刺したマシュマロとソーセージを、焚き火のまわりを囲んで焼いている。
 カズは木に腰掛け、スナック菓子を貪っていた。
 コースケはと言うと、眼前の炎を疲れた表情で見詰めていた。
「俺さ、正義のヒーローになりたいんだ」――トッポが、突然、話を切り出した。
 カズが大笑いする。
 むっとした表情でトッポが「笑うなよ、なりたいんだ。本当に。本気で」と、僅かに頬を赤く染めて言った。
「ヒーロー。ヒーローね。格好良いじゃん」
「カズはそういうのないのか?」
「俺? 俺は自衛隊
自衛隊!? おっとなー……」
 驚いて言うコースケに、カズが鼻を鳴らして得意気に笑った。
「そういうコースケは、なんかなりたいものとかないのかよ」
「えー。わかんない」
「じゃあ、お笑い芸人なんかどうだ」
「ええ!? 芸人!?」
「だって、お前、いつもクラスで笑われてんじゃん」
「それは芸人って言わないんだよ」――カズにトッポがつっこんで言う。
「そうだよ。芸人って笑わせるものじゃないか。これじゃあ、ピエロだよ」
「あれだよ。逆転の発想! 笑われてる状態から、笑わせる状態に持っていけば良い」
「笑わせる……。おれにできるかなあ?」
「できるんじゃない! やるんだっ!」
 言い切るカズに、コースケはなんだか頷いてしまった。
 その様子を、トッポが冷めた目で見ている。
「おい、騙されるなよ、コースケ。こいつ、適当言ってるだけだからな」
「うん。……でも、芸人かあ」
 それから、夜が明けるまで歓談は続いた。

 森のざわめき、木漏れ日、遠くから聞こえる騒音、鳥の囀り。
 交代で見張りを作り、夜を越した少年達は、宇宙人の死体を探して歩き続けていた。
 但し、まともに食事も取っておらず、ろくに休めなかったため、彼らの体はほとんど瀕死の状態であった。
 とくに、もとから身体の弱いコースケはふらつきながら歩き、視界も朧気。
 そして、とうとう限界に達した彼は、森を一旦出た高台の道、ガードレールの置かれていない崖際を進んでいた時に、横に逸れて体勢を崩し、崖から落ちた。
 慌ててコースケの手を掴んだトッポだったが、リュックの中身も加算した重みによって彼も外に出てしまう。頼みの綱としてカズの手を掴んで引き止めて貰おうとしたが、二人分の重さには敵わない。
 結局、三人とも崖の外に落ちてしまう。
 落ちた先は大きな木の上で、万が一の事態は逃れた。
 なんとか大木から下りて、地に足を着ける。ようやく、三人は安堵する。然し、すぐに異変に気が付いた。口に出したのはトッポだった。
「なんか、変なにおいがしないか?」
「丸一日お風呂に入ってないからじゃないのか?」
「そういうのじゃなくて――生臭さというか、鉄っぽいというか……」
「行ってみるか!」――と、カズがにおいのする方向に向かって歩き出す。
「ちょっと待てよ!」と、引き止め様とするトッポであったが、結局、好奇心には勝てず付いていってしまう。その後ろを、怖がりながらコースケも付いて行った。
 においのある方を辿っていくと、老朽化した洋風建築の様なものを見た。
 玄関前にある、壊れかけの女神像が目を引く。その側に一台のトラックがとまっていた。
 異臭が段々強まるのを感じる。同時に奇妙な音も聞こえてくる。
「入るか?」と、カズが二人に訊ねる。
「本気かよ……」――呆れ顔のトッポ。
「行くしかないだろ。今更、退けない」
「やめようよ」
「うるさい」
 止めようとするコースケの頭をカズは叩き、「行くぞ」と腕を引っ張った。
 ため息を吐いて、トッポも後からついていく。

 家の中に入ると、存外、その中が広くはない事に気付く。
 物音は風呂場の方からしているようで、三人は迷わず、物音立てない様に気を付けながら、そちらへ向かった。
 息を殺して中を覗くと、そこには、強い血生臭さとともに、人間を解体しているピエロの男がいた。
 そして、そちらは、すぐに気付き、こちらに目をやった。
「おや、いけない子達だ」
 男はそういうと、肉切り包丁を置いて、こちらに近付いてくる。
 三人は、逃げられなかった。
「おいで」と男がカズの手を引いて、中に入れる。
「きみたちも」と言われて、言われるがままトッポとコースケも中に入る。
 拒否もできなかった。本能的な何かが、このピエロに逆らってはいけないと、危険信号を出していたのだ。
 浴室の異臭に思わず、コースケが吐き出す。撒き散らされた吐瀉物を見て、ピエロはげらげらと笑った。
「じきになれるさ。ほら」と言って、カズに包丁を握らせる。
「こうするんだ」――ピエロの男はカズの腕に手をやり、無理矢理動かす。人体を刻む触感に、カズは身震いした。
「骨はいらない。そこにミキサーがあるだろ? 醤油がひたひたに注いである。そこに入れて、砕くんだ。後で、川に捨てに行こうね」
 朗らかに笑って言うピエロの男に、三人は三者三様の感想を抱いた。
 カズは、憧憬を。トッポは、嫌悪を。コースケは、恐怖を。それは呪いの様に、心の奥底に根付き、彼らの人生を歪めた。
 結局、少年達は巻き込まれるがまま、解体を手伝わされ、夜明け頃に家に帰らされた。その間、彼らは一言も言葉を交わさなかった。
 帰宅後、何事もなかったかの様な日常が続いた。三人は、自然と疎遠になっていった。
 それから、彼らの人生が交わる事はなかった。

 ピエロ教の本部を、多くのパトカーが囲っている。
 先頭の一台から、和樹と張戸が降りてきた。
「張戸さん、もうおっ始まっているみたいですけど」
「決まってるだろ。乗り込むぞ」
 煙草を口に咥え、火を点けると一服し、張戸は覚悟を決めた形相で歩き出した。
 その後ろで、和樹は作戦開始の報せを華飛に送っていた。
「どうした? 行くぞ」と、張戸が振り向きざまに急かす。
「分かってます」
 そう言って、和樹も顔を強張らせた。

 警察による、危険分子の掃討作戦はすぐにはじまった。
 生き残っている教団員は見つけ次第捕縛し、本部の外に連れ出す。
 演員会の構成員と銃撃戦を繰り広げながら、和成を探していた。
 一方、伊勢が息を殺して様子を見守っていた透と和成の対談は、透が射殺されて幕を閉じた。
 丁度、額を狙って放たれた弾丸は真っ直ぐ脳を貫き、頭部が爆発する。
 吹き出す血と散らばる肉片に伊勢は悲鳴を押し殺して小さな嗚咽をあげた。
 和成は馬鹿にした様な笑い声をあげる。
 そこに、張戸が駆け付けた。
「手を上げろ!」――ピエロの男に銃を突き付けて、警部補が言う。
「おや?」
 言われたとおり、手をあげてカズはおどける。
「銃を捨てろ」
「……あいよ」
 また言われたとおり、カズは銃を床に捨て、蹴って張戸の方へどかす。
「……岬 和成だな。暴行事件を押して少年院を服役、その後、バックパッカーとして海外を転々とする。然し、その近くでは常に不審な事件がついて回った。間違いは?」
「あってるよ。よく調べたもんだ」
「投降しろ。命まで奪うつもりはない」
「……分かった」
 ゆっくりと歩み寄って来る様に見えた和成であったが、衣装タンスの近くまで来ると思い切り中を開け、隠れていた伊勢の手首を掴んで背の後ろに回ると、懐からナイフを取り出し、彼女の首に突き付けた。
「一転攻勢だ。銃を下ろせ」
「駄目だ。その娘を離せ」
「そっちが先だ。銃を下ろせ。捨てろ」
 睨み合いになっていたところに、和樹がやってくる。
「張戸さん! 大丈夫ですか!?」
 銃を構える和樹に、ピエロは「丁度、良い」と言って命令を下した。
「和樹。10秒以内にそいつが銃を捨てなければ、撃て」
「……知り合いか?」
 低い声で聞く張戸に和樹は返事をしない。
「10、9、8、7、6、5、4、3、2」
「1――」と和成が言い終わる前に、和樹はピエロを撃った――が、銃弾は上手く当たらず、肩を掠める。
「裏切ったな」
 開いた瞳孔で和樹を睨み付け、張戸に体当たりをする。壁に激突し、うずくまる警部補をよそに、銃を拾った。そして、和成も引き金を弾いた。
 銃弾は真っ直ぐ、彼の額を貫く。
「和樹!」――張戸が叫ぶも虚しく、和樹は死んだ。

Viva la Villain 第九話

 早速、怪しい書き込みにコンタクトを送り、連絡を交換した伊勢。
 一週間後、最寄りのレストランで落ち合う事になる。
 やってきた青年は、いかにも真面目そうという面持ちの男で、おそらく大学生ぐらいの年齢。
 清潔感のある容姿に、地味な服装の彼に拍子抜けしながらも、伊勢は意気揚々と会話を始めた。
 取り留めのない自己紹介から、それぞれの近況の話に入り、つらつらと取り留めのないやり取りを繰り返す。
 それから、だいぶ話し込み、お互いに幾許かの好感を持ち始めた頃、青年の方から切り出してきた。
「それで、例の話でしたよね。――うん。あなたなら、良さそうだ」と、彼は頷きながら一枚のカードを取り出してきた。
 そのトランプのジョーカーには、ある住所と電話番号が掛かれていた。
「三日後、降臨された救世主様による集会が開かれます。明朝、十時までにこの場所に来て、入る前に電話を掛けてください。僕が出ますので、中まで案内します」
「は、はい」と、伊勢は頷き返した。
「それじゃあ、よき終末を」
「終末?」
「ええ。もうすぐ、社会が変わります」
 屈託のない笑みで言う青年に、思わず、伊勢は面食らってしまった。

 約束の日、約束の場所に来た伊勢は連絡を入れ、青年に案内されるがまま、廃ビルの中を進んでいった。
 向かったところは、何回か階段を登った先にある奥の一室。崩れた後ろの床、真昼の太陽光が差し、生い茂る木々が神秘を演出している。
 覆面を被ったいくつもの信者達に合わせて、伊勢も青年に渡されたそれを被った。
 部屋の真ん中奥で、座布団で胡座をかいている――真っ白な道化服を着た、ピエロの男が口を開く。
「よく集まった、皆」
 彼の話が始まったことに、信者たちがざわつく。
 それに対し、透は失望した様な表情で、「静かに」と低く言った。
 そして、続けざまに「このままでは、話を始められない。最初からやり直そう。君達のために、君達がちゃんと俺と向き合うために、やり直そう」
 そう言って座り直し、傍に控えていた美鈴の指示で、信者たちは全員、部屋から追い出され、扉の前で待たされた。
 それから、三分ほど立って美鈴が両手を叩くと、扉が開かれ、その部屋の真ん中奥で、やはりピエロ――布袋 透が目を瞑って胡坐をかいている。
 順々に信者達は入っていき、厳かな雰囲気で待機する。
 そして、全員が入ったのを確認した美鈴が耳打ちし、また透が開口した。
「それじゃあ、話を始めよう」
 満足げな表情で頷いて、話を続けた。
「数週間後、業都市長当選パレードが行われる。そこで、我々が社会を塗り替えよう」
 切り出された話に、信者がざわつく。
 然し、「静かに」と美鈴が低く言うと、瞬く間に落ち着いた。
「その為に、君達にも戦う手段が必要になってくる。そこで、科学班と偵察班、それから何人かの幹部を擁立しようと思う――大義の為に、だ」
大義の為に」と、オウム返しで何人かが呟く。
 次第にボルテージが上がり、熱を帯びたシュプレヒコールは狂気も孕んでいく。
 楽しそうにはしゃぐ青年を他所に、呆然と、伊勢は立ち尽くしていた。

 華飛のもとで肉体改造と戦闘訓練を受けている宏介は、僅かな日数で確かな成果を出しつつあった。
 管理された食事、一日の予定、構成員とのやり取りにもすぐに慣れ、あっという間に状況に順応しつつあった。
 ランニングマシンでのセットメニューが終わり、大汗を掻きながら床に仰向けになる。
 すると、遠くからタオルを投げ渡され、それで垂れる分泌物を拭った。
「意外と利口なものね」と、不躾に華飛が言う。
「目標がないよりは、生きるモチベーションが出る」と、低く宏介が答える。
 溜息を吐いて、少女は珍しく表情を崩した。
「いつ、素直になってくれるのかしら」
「いつだと思う?」
「もうだいぶ、懐いてるとは思うけど」
「そんなわけあるか」
 脇においてあったスポーツドリンクを飲み干して、宏介は吐き捨てた。
「可愛くない犬ね」
「飼われた覚えはない」
「へえ? もう十分、飼い犬だと思うけれど」
 眉を歪ませて、宏介が「あのなあ」と反論しようとしたところ、華飛のスマートフォンに着信が入る。
「失礼」と会話を打ち切り、少女は外に出た。
 非通知からのものではあったが、電話の主に覚えがあった為、応答する。
「もしもし? これ、盗聴されてませんよね」と、軽く話を切り出した声の主は、成瀬であった。
「ああ、貴方。首尾はどう?」
「取り敢えず、予定通りに。裸の王様には踊っていただいております」
「そう。舞台を整えて貰えれば構わないわ。馬鹿には馬鹿なりに、相応しい死に場所があります」
「……それで、約束の件は」
「ええ。この仕事が上手く行けば、あなたを諜報員から外すわ。それで構わないでしょ?」
「へいへい。全く、二重スパイなんて勘弁してくださいよ。柄でもない」
「お父様への恩義があるんでしょう?」
「ええ。拾ってもらった恩義が」
「名前は、いらないのだっけ?」
 間を開けて、成瀬は返答した。
「要りませんよ。胃の心配をしなくていい仕事だけになれば、それで」
「そう。お疲れ様」
「はい、お疲れさん」
 電話を切って、華飛はまた溜息を吐いた。

 演員会によるピエロ教への襲撃は、その日の夜、唐突に起きた。
 山奥にある廃ビルに突撃した構成員達は、武装もしていない信徒を虐殺。
 途中から襲撃に築いた人々は、用意されていたテロ用の武装で反撃を開始。
 血みどろの殺戮劇は幕を開けた。
 そして、何者かによる通報により、警察も状況を聞きつけ、駆け付ける。
 状況は膠着状態になりつつあった。
 廃ビルの一室。衣装棚の中に身を隠し、運良く生き延びていた伊勢は、息を潜めながら、襲撃が終わるのを必死に待っていた。
 その部屋に、僧衣を着た透が逃げ込んでくる。
 彼が衣装棚の中に入ろうとし、開けようと手を掛けた時、和成がやってきた。
「よう、久し振りだな。トッポ」
「誰だ!」
「俺だよ。カズだよ。いつ振りだ? 小学校を卒業してから、会ってなかったはずだが」
「……カズか。何をしに来た。そんなにピエロが憎いのか!?」
「違う違う。なりたいんだよ、俺は。ピエロに」
 二人は、思い出話をはじめた。